*夜間飛行

(少年、ナッツ、シュナ、リヴィ、ジャン)40〜45分

   薄暗い中、机と、テストに向かう少年。
   試験会場。
   「現代文、設問一の回答時間は終了いたしました。
   ページをめくって、設問二に進んでください。」
   少年、ページをめくる。
   一瞬驚いた顔をして、呟く。

少年   『夜間飛行』・・・・

   音楽、鳴り響く。
   舞台真っ暗になり、音楽の合間に子供達の笑い声が聞こえる。
   音楽、だんだんと小さくなっていき、舞台明るくなる。

シュナ  今度はあたしの番!
少年   やだよ。俺が機長ーっ!
シュナ  じゃぁあたし副機長ーっ!
ナッツ  何だよ、僕また平社員?
リヴィ  文句言うなよ。よーし、夜になったぞ、出発だ!
シュナ  何であんたに命令されるのよ。
リヴィ  残念でしたっ!俺は支配人の役だもん。機長より偉いんだよー!
少年   ちぇっ。分かったよ。(乗組員たちに)よーし、離陸、するぞー!
ナッツ  『本機これより、○○小学校グラウンドより離陸す。』
少年   何やってるんだよ。
ナッツ  管制塔と連絡!
少年   離陸!

   三人、身体を揺らし、
   嬉しい悲鳴を上げながら、空へと上っていく。

リヴィ  風が強いぞ、操縦、しっかりしろよ!
少年   了解!

   がくんという衝撃の跡、安定する。
   三人の飛行。
   それぞれの空想の中の風景を、思い思いに語る。
   舞台、薄暗く。

シュナ  飛び立つと、どんどん小さくなっていく夜の街!
ナッツ  雲の峰が、青く光って綺麗でーす!
少年   前方ー!
リヴィ  何か異常か?
シュナ  何が見えるの?
少年   後円墳ー!
ナッツ  バーカ。
少年   何だよ、習っただろ?
シュナ  寒いって言ってるのよ。
ナッツ  右手には、大きな月が見えまーす!
少年   左手には、カンニングの跡!
シュナ  後ろには、あたしたちの学校!
ナッツ  今日が最後のフライトだ!
少年   足下には、卒業証書が見えるぞー!

   ジャン、やってくる。

ジャン  俺も入れろよぉ。
リヴィ  最後のフライトだ。安全確認を怠るな!
ジャン  (無電を打ち)ラスト・フライトは順調か?
少年   (ナッツを小突き)オマエの仕事だろ。
ナッツ  なんて打つんだ?
少年   「世界を見下ろすラスト・フライトは順調。これが最後だ。」
シュナ  あたしも!「上空を旋回したら、街の人混みに還る。」
ナッツ  なんか、暗くないか?この文章。まぁいいや。「世界を見下ろすラスト・フ
     ライトは順調。これが最後だ。上空を旋回したら、街の人混みに還る。」
リヴィ  空を飛ぶのも、これが最後かもしれないな。
ジャン  卒業、か。(少年達に向かって)降りてこいよ!
少年   どうも具合が良くないんだ。
リヴィ  え!?
シュナ  前から、突風!
ナッツ  墜ちるぞーっ!

   轟音。舞台、真っ暗に。エンジン音が聞こえる
   それに混じり、無電の「ツ・ツツー」という音。

ナッツ  「サン・ジュリアン視界にあり。本機は十分以内に着陸す。」

     夜がやってくる。いや違う。僕らは夜に飛び込んで行くんだ。空の上、ラベ
     ンダー色の光が、同じ色を保ちながら闇になっていくのが分かる。サン・ジュ
     リアン。南から北へ、僕らは空を駆け上がっている。

     夜の飛行は危険と言えば危険だ。独り者の僕だって、ウチに残してきた金魚
     のキンちゃんが心配で しょうがない。新婚のファビィなら、奥さんを心配
     するだろう。けど変なんだ。ひとたび空に昇る と、嬉しくて仕方ないんだ。
     景色が綺麗だからじゃない。僕らのこの仕事が、少しずつ何かを切り開いて
     行くのが見えるから。

     ──時は二十世紀初め。危険だと言われ続けた夜間飛行を、僕らは今実現し
     ている。

少年   何か、言ったかー?
ナッツ  出来損ないの詩人気分になってたんだ。
少年   はぁ?聞こえねぇよ。
ナッツ  大したことじゃない。
少年   何だってー?
ナッツ  「どうせおいらは独り者さ」って言ってたんだよ!
少年   へぇ。

   ナッツ、レシーバーで無電を聞き、メモを書く。

少年   (受け取り)「雷鳴はなはだしく、レシーバーは空電に満つ。飛行を中止し
     てサン・ジュリアンに一泊してはいかが?」おいおい、新婚の僕に、早くも
     浮気しろってか?
ナッツ  「今夜あの街で女を口説け」とは誰も言ってない。
少年   悪い悪い。けど、ちゃんと休憩取ったら飛ぶよ。ウチの奥さん怖いんだ。早
     く、帰らないと。
ナッツ  いや、結構マジだぞ。聞こえるんだ。向こうの夜に、嵐が待っているのが。
少年   こんなに静かなのに?
ナッツ  あぁ。
少年   構わない。続行しよう。
ナッツ  確かに夜は静かだった。けれど僕には分かる。電波が、違うんだ。恋人に悩
     みがあれば、その瞳のかすかな動きだけで気が付くように、僕には分かるん
     だ。無電技師にとっちゃ、電波が恋人なんだ。

     おいファビィ、本当にこの先も飛ぶのか? 僕の恋人が、行くなって言ってる。
少年   オマエに恋人?
ナッツ  詩的に表現しただけだ。僕らの命綱、かわいいかわいい電波ちゃんがそう言っ
     てる。
少年   どうせできそこないなんだ。もっと普通に言えよ。「レシーバーは空電に満
     つ」って。
ナッツ  それは最初に言っただろ!・・・って、できそこないって、聞こえてたのか。
少年   あぁ、ちぃっとだけな。金魚のキンちゃんはどうだい?
ナッツ  どうって、元気だよ。お前に負けずおとらず、ラブラブだよ!
少年   言ってて寂しくないか?
ナッツ  寂しいよ。馬鹿。
少年   (笑いながら)この町にも、お前みたいな独り者いるんだろうなぁ。
ナッツ  あぁ、もうちょっとで着陸か。家の光が見えるなぁ。
少年   あの家は幸せなんだろうなぁ。
ナッツ  なんだその言い方。お前が幸せじゃないみたいじゃないか。
少年   独り者のお前の心。代弁したんだよ。
ナッツ  (笑い)こいつ!
少年   あっちにあるのはきっと老夫婦かなんかの家だ。ほら、明かりが消えた。
ナッツ  あれは、食堂か?まだ明かりがついてる。
少年   あっちはもう暗い。子供でも居るのかもな。

   二人、街に思いを巡らす。
   と、がくんという振動。

少年   着陸するぞ。

   再び、振動。
   エンジン音、フェードアウト。
   二人、機から出る。
   ナッツ、たばこを出す

ナッツ  吸うか?
少年   身体壊すぞ。
ナッツ  へぇ!前は好きだったじゃないか。
少年   いや・・・トラウマがあってな。
ナッツ  へぇ、どんな?
少年   ジャンって、いるだろ。ブエノス・アイレスで働いてる、事務の。
ナッツ  うん。
少年   あいつ、いたずらが好きなんだ。いろいろやられたよ。ノート開いたらバネ
     仕掛けのオモチャが飛び出してきたり、ハートマーク付きの手紙あけたら、
     ペンキが出てきたりさ。あいつはあれに命賭けてるんだ。
ナッツ  変わった奴だな。
少年   それがあるとき、たばこ持ってきて「吸うか?」って言うんだ。俺はもちろ
     んもらったよ。そしたら、バチン!って。
ナッツ  あれか。パッチンガムの原理か。
少年   パッチンガム?
ナッツ  あぁ。菓子を引き抜くと、ばねが動いて指を挟むんだよ。
少年   そう、そんな感じだよ。あれ以来、たばこは怖いんだ。
ナッツ  僕は何も仕込んでないよ。
少年   いや、吸わなくなったら、別に好きでもなくなった。どうする?出発するか?
ナッツ  もう?
少年   (乗り込みながら)あぁ。

   エンジン音。
   振動。離陸。

少年   うちの、シュナがさ。
ナッツ  奥さんか?
少年   パイ焼いてくれたんだよ。
ナッツ  へぇ。・・・ラブラブ話はゴメンだよ。
少年   いいから、聞けよ。あいつ、甘いものが好きでさぁ・・・・

   明るい音楽。
   ファビィの家。

シュナ  よーし、パンはOK。と。あとは、スープでしょ、紅茶でしょ。アップルパ
     イは・・・まだまだね。 (ファビィを見つけ)あら、おはよう。夜中だけ
     どね。
少年   おはよう。・・・アップルパイ?
シュナ  うん、もうちょっとで焼けるわ。
少年   甘党じゃないんだけどなぁ。
シュナ  たまにはいいじゃない。
少年   でも、夜中だよ?
シュナ  夜中でも。これから飛ぶんだから、ちゃんと力をつけておかないと。
少年   分かった分かった。でも、あんまり甘くしないでくれよ。
シュナ  もう焼いちゃったもの。無理よ。
少年   そりゃそうか・・・・風はどっちから吹いてる?
シュナ  毎日そればっかりね。飛行機しか頭にないの?
少年   じゃあ質問を変えるよ。何時だ?
シュナ  十二時よ。
少年   天気は?
シュナ  満天の星空よ。
少年   で、風向きは?
シュナ  もう。やっぱり飛行機バカなんだから。
少年   (窓の方へ行き)南風だ。いい感じだな。・・・・音楽が聞こえる。
シュナ  きっとあの家、まだパーティーか何かやってるのね。あそこのお嬢ちゃんは、
     歌が上手いって聞いてるわ。
少年   あぁ、あのませガキ。
シュナ  なにそのひどい言い方。
少年   向かいの家の男の子いるだろ。あの子と手つないで、「あたしたち結婚する
     の」とか言ってたからさ。
シュナ  子供なんて、そんなものよ。ごっこ遊びが好きなのよ。
少年   ごっこ遊びも、悪くはないけどな。夢見て、想像して。
シュナ  そうよ。昔は、人間が空を飛べるなんてだれも信じてなかったわ。なのに今
     はどう?今日もあんた、空飛んでどっかいっちゃうんだから。
少年   怒るなよ。ヒステリー。
シュナ  何よ飛行機バカ。
少年   歩く不良エンジン。
シュナ  え?
少年   やかましいから。
シュナ  ひっどーい。

   間。
   ファビィ、鞄の中身を点検。

シュナ  何日後くらいに帰ってくるの?
少年   一週間か、もうちょっと。
シュナ  寂しくもなさそうね。
少年   え?何が?
シュナ  あのねぇ、普通の、空を飛ばない人間は、一週間以上も会えないのは寂しい
     ものなの。
少年   あ、あぁ。そういうことか。
シュナ  気のない返事ね。言われなきゃ気がつかないの?
少年   だって、空に上ったらこの町なんてほとんど海の底みたいなもんなんだよ?
シュナ  あたしも?
少年   もちろん。けど、毎回ちゃんと振り返って、手を振ってるんだ。これでも。
シュナ  あたしも、アップルパイも、おいしいお酒も、あの綺麗な花も、机も椅子も
     手紙もみーんな海の底なのね。あんたにとっちゃ。
少年   海の底にあるように見えるってだけさ。別に忘れる訳じゃない。
シュナ  (あきれるように)分かったわよ。あぁほらお天気が良くてよかったこと。
     髪でもとかしたら?ほら、寝癖がついてる。お星様に嫌われちゃうわよ。
少年   (苦笑し)妬くなら妬くで、もうちょっと女らしい言い方出来ないのかよ。
     もっと、こう、甘い台詞をさ。
シュナ  甘く妬くなって言ったの、そっちでしょ。
少年   それはアップルパイの話だろ。
シュナ  同じ事でしょ。海の底になっちゃうんだから。(何かに気づき)あ、時間が。
少年   あ、とっとと行かないとな。パンだけ食べてくよ。
シュナ  うん。・・・・アップルパイ、無駄になっちゃったわね。
少年   食べようか?
シュナ  ううん。いいわよ。まだ生焼けのところもあるみたいだったから。
少年   じゃ、ちょっと行って来る。あ、その鞄。
シュナ  (鞄をわたし)行ってらっしゃい。
少年   あぁ。
シュナ  ねぇ、気をつけてね?
少年   え?何に?
シュナ  今度は甘いのじゃなくて、おいしいお料理作って待ってるから。元気で、帰っ
     てきてね。
少年   当たり前だろ。じゃ。遅刻しちまう。支配人にバレたら減給だよ。
シュナ  ええ。
少年   そうだ、夜更かしは美容の敵。ちゃんと寝ろよ。
シュナ  うん。
少年   おやすみ!

   エンジン音薄く聞こえてきて、
   シュナ去る。
   話を聞き終わったナッツ。

ナッツ  ファビィ、ラブラブ話はごめんだって言わなかったか?
少年   まぁ気にするなよ。独り者ナッツとこの幸せを分かち合おうとしたんだから
     さ。
ナッツ  (大げさに)ケッ!・・・・うわっ!?

   急上昇。
   二人、後ろにたおれる。

ナッツ  ったく、暴風雨より、お前の危険運転の方が心配かもな!
少年   危険運転?
ナッツ  安全運転の逆さ。・・・けど、ちゃんと気をつけてくれよ。雷鳴が聞こえる
     のは事実なんだ。
少年   分かってるさ。

   再び上昇。

少年    上るぞー!

   飛行機の飛び去る音。
   舞台、薄暗く。
   ブエノス・アイレス支配人室。
   ジャンが電話応対をしているらしい。
   
ジャン  リヴィさん?あぁ、支配人ですね。支配人は今席を離れておりまして。
     ・・・はい。・・はい。分かりました。伝えておきます。連絡先?はい、分
     かります。はい。では。

   リヴィ、帰ってくる。

ジャン  どうも。話し合いはすみましたか?
リヴィ  あぁ。いつもくだらない電話の応対有り難う。
ジャン  いえいえ。なかなか面白いですよ。

   ジャン、書類の整理に取りかかる。
   リヴィ、椅子に座って考えていたが、

リヴィ  ジャン、君、さっきの飛行機乗りについてどう思う?
ジャン  さっきの?ファビィたちのことですか? 連絡がありましたが。
リヴィ  そうじゃない。今の今まで僕と話していたヤツだよ。
ジャン  あぁ。トルのことですか。・・・何の話し合いだったんですか?
リヴィ  彼が失敗をやらかしたんだよ。
ジャン  あいつが?あいつはここらでも一番勇気のある、最高の飛行機乗りじゃない
     ですか。
リヴィ  戻ってきてしまったんだ。天気予報は良かったのにね、真っ暗闇が怖くなっ
     て、引き返してしまったんだ。
ジャン  そんな。
リヴィ  彼は「怖かった」と正直に言ったんだよ。それが僕には、やっぱり勇敢に映っ
     たんだ。
ジャン  それは・・・あいつは立派なヤツですから。
リヴィ  僕は彼が無事に帰ってきたことを誉めるべきだったかな?
ジャン  私だったら誉めますが。
リヴィ  そうか・・・・ちょっと、席をはずしてくれないか?日記をね。つけるから。
ジャン  分かりました。

   ジャン、出ていく。
   リヴィ、日記を付けはじめる。

リヴィ  『今日は部下の優秀な飛行士が失敗をやらかした。その失敗というのが、実
     に大した失敗だ。あの闇の中から、無事帰ってきたのだ。誉めてもいい失敗
     だった。』

     『けれど、彼は引き返した。失敗だ。彼は闇が怖いと言った。失敗だ。僕が
     彼を叱ったことで、彼は失敗をしなくなる。もう彼は引き返さない。もう彼
     は怯えない。』

     ・・・そうだ、いい言葉を思いついた。

     『愛されようとするには、同情さえしたらいい。怖かっただろうと声をかけ、
     よくやったといってやればトルは僕を「好き」になるだろう。けれどそれで
     は彼は引き返し続ける。闇に怯え続ける。僕はそれを取り除いてやりたかっ
     たのかもしれない。』

   突然、世界が変わり、少年に明かりが。
   試験会場。
   「現代文、設問二の回答時間は終了しました。
   小説第二部に進んで下さい。」

少年   どうせいつも一続きの文なんだから、同じページにまとめればいいのに。
     (ページをめくる)えっと、以下の問いに答えよ。

     『作者サン=テグジュペリは飛行家であり、支配人の職に就いていた。その
     ためこの小説では、支配人の職務について詳しい描写がなされている。支配
     人の職務を箇条書きで三つ上げよ。』

     おいおい、こんなこと聞いてもらいたかったのかなぁ。作者は。・・・・支
     配人の職・・・規則を作ること?それを守らせること?夜間飛行の反対派を
     説得すること?資材管理やスケジュール管理をすること?新しい気象観測所
     をつくること?緊急事態に対処すること?
 
     いいや。こう書こう。・・・どうせ×つけられるんだろうけど。

     『ただ見届けること。』

   強い風の音。
   世界が元に戻る。
   ファビィたちの機は、暴風雨に近づいている。

ナッツ  おい、なんか、おかしくないか?
少年   平気だよ。
ナッツ  あれは・・・暴風雨だろ?どう見たって。
少年   さっき休憩取った街では、晴れてたのになぁ。
ナッツ  何呑気なこといってるんだよ。だから僕が言っただろ。電波がおかしいって。
少年   お前の恋人の言うことも、一理あったって訳か。
ナッツ  どうするつもりだ。
少年   どうしよう。
ナッツ  (頭を抱え)馬鹿かお前。頭痛がするぞ。
少年   とりあえず、迂回してみようと思ってる。
ナッツ  この暴風雨を?
少年   あぁ。地方的なものだと思うんだよ。だから。
ナッツ  了解。

   雷の音。

ナッツ  ファビィ、今の見たか?
少年   ん?
ナッツ  迂回は無理だ。やめたほうがいい。
少年   何だよ、雷の音で怖じ気づいたのか。うちのシュナみたいだな。(笑う)
ナッツ  違う。今の光で雲が見えたんだ。相当広がってるぞ。
少年   ほんとか?どれくらい広がってた?・・・うわっ!

   もう一度雷の音。
   ふたり、まぶしそうにする。

ナッツ  な、分かったか?
少年   ちょっと、事の重大さが分かってきた。
ナッツ  遅ぇよ。
少年   迂回が無理となると、くぐるしかないか。
ナッツ  くぐるって、この雷雨の下を?
少年   そうだ。
ナッツ  お前な、雷雨って字分かってるか?雷の鳴る雨だぞ?その中飛ぶ気なのか。
少年   ぶつくさ言うなよ。

   前進。
   二人の身体、後ろに倒れる。

ナッツ   (苦笑して)あ〜ぁ、馬鹿。飛び込んじまったよ。
少年   前の街まで帰れば、星空が待ってるのになぁ。なんで俺ら真っ黒黒すけの中
     に飛び込んでくんだろうな。
ナッツ  そりゃぁ、僕らが馬鹿だからだ。
少年   (笑いながら)そっかー。そうだなー。・・・まぁ、これを頼りに、な。
     (紙片を出し)次の着陸 場、四分の三曇り。なんとかなるだろ。
ナッツ  あぁ。トレレウが本当に今も四分の三曇りならな。
少年   (つぶやくように)あぁ、本当にそうだったらな・・・・けどこれじゃ・・・
ナッツ  (突然陽気に)おいファビィ、クイズをしよう。 答えられたら百万やる。
少年   百万?どうせくれないくせに。
ナッツ  いや、マジだぞ。乗るのか?乗らないのか?
少年   乗るよ。で、問題は?
ナッツ  簡単さ。『本機の現位置は?』
少年   冗談よせよ。ナッツ。
ナッツ  (笑いながら)どうだ、僕が百万出すって言った意味が分かったか。
少年   分かった分かった。けど、分からないな。
ナッツ  なんだそりゃ。もう一回聞くぞ。『本機の現位置は?』
少年   現位置は不明。羅針盤を頼りに暴風雨を突破中。突き抜けられるかどうか分
     からない。ちょっと、天候を問い合わせてくれよ。もしかしたら戻るかもし
     れない。さっきの街に。
ナッツ  さっきの街?コンモドロか。

   ツーツツーという音。

少年   戻れそうか?星空に。
ナッツ  コンモドロいわく、当地への帰還は不可能。暴風雨。
少年   ・・・・他は?
ナッツ  サン・アントニオ。西の風。西から暴風雨。空四分の三曇り。・・・空電が
     激しいな。向こうもこっちも、ほとんど通信が聞けないんだ。こっちも雷だ
     から、そのうちアンテナをしまわなきゃならなくなる。後戻りするのか?お
     いファビィ。
少年   ヤバいのはよく分かった。それ以上言うな。バイア・ブランカは?
ナッツ  バイア・ブランカいわく、二十分以内に暴風雨。
少年   ・・・トレレウ。
ナッツ  トレレウの返事にいわく・・・・・秒速三十メートルの暴風雨。豪雨。
少年   ブエノス・アイレスに報告だな。『四方ふさがれ、あがき取れず。千キロメー
     トルにわたって暴風雨。いかにすべきや?』

   支配人室。
   パタゴニア機の遅延について。

ジャン  ファビィたちの機は・・・・?
リヴィ  パタゴニア機は遅れている。暴風雨にまきこまれたらしい。
ジャン  暴風雨に?
リヴィ  (まっすぐ前を向き、命令するように)・・・・報告を!

   四方から、報告。
   幕内から雑音に混じって低い声が聞こえる。

声1   バイア・ブランカ入電なし。パタゴニア機は沈黙。
声2   雷雨。機からの電波は受け取れそうにありません。
声3   トレレウへの連絡は不可。
声2   電話線が切れています。
声1   天候。西の空に雷鳴あり。南風。
声3   風力強くなりつつあり。電光が接近中。
声2   サン・アントニオ入電なし。パタゴニア機は聞こえません。
声1   コンモドロ入電なし。雷雨。
声3   サン・ジュリアン入電なし。暴風雨。
声1   アンデスの山の奥地から強風。機の進路に沿って海の方へ向かいつつあり。
声2   バイア・ブランカ未だ入電なし。強風。雷鳴あり。
声3   各地入電なし。パタゴニア機所在不明。

   ザーッという雑音。
   連絡、途切れる。

ジャン  (ファビィたちのいるはずの空を見上げ)・・・星が、綺麗ですねぇ。
リヴィ  そうだな。
ジャン  あっちでみんな噂してましたよ。夜間飛行はこの事故で中止になるんじゃな
     いかって。
リヴィ  そんなことはない。なくさないさ。
ジャン  ここの空は綺麗なのに、あっちでは真っ暗なんですね。
リヴィ  オアシスはここにあるんだ。彼らはそれにたどり着けないでいるだけさ。
ジャン  ・・・・来ますかね?
リヴィ  ・・・さあ。

   電話、鳴る。
   ジャンが受ける。

ジャン  えっ?はい。いえ。・・・はい。はい。(とまどった様子)
リヴィ  どうした?
ジャン  (受話器を手にしたまま)奥さんです。ファビィの。

   ファビィたちの機内。
   風の音、雷の音、エンジンの音。
   ファビィたちに明かりが。

ナッツ  もうアンテナは危険だ!・・・・指がぴりぴりする。調節が利かない。
少年   バカ。ブエノス・アイレスと連絡を。
ナッツ  雷雨なんだぞ?雷の中に行くんだぞ?
少年   ナッツ、お前が今アンテナをひきあげてみろ?俺はお前の金魚のキンちゃん
     をさらって食っちまうぞ!
ナッツ  分かったよ。
少年   二度とおごってもやらないぞ。お前が芥子の実のパンが好きなことは知って
     るんだ。いいか、覚えとけ!
ナッツ  (レシーバーを耳に当て)うるさいな、静かにしてくれ。

   雑音。

ナッツ  くそ、何も聞こえない。
少年   ほらほら、恋人のことはなんでも分かるんじゃなかったか?お前今、愛想つ
     かされようとしてるんだからな。どっかにとっかかりを見つけてくれよ。仲
     直りの、希望の光をさ。
ナッツ  そうとうつむじを曲げてるみたいだ。
少年   マジで、頼むよ。この真っ暗闇にはもう、お前の恋人以外に光なんかないん
     だから!

   支配人室に明かりが。
   電話中。
   シュナも、舞台端にいる。

ジャン  支配人さん、どうしましょう?
リヴィ  とりあえず、そのまま。
シュナ  ジャン?ジャンでしょう。あのいたずら好きの。
ジャン  あ、はい。いつも美味しい料理をどうも。
シュナ  たいした用事じゃなくてごめんなさい。ファビィはもう着いたでしょう?
ジャン  いえ。
シュナ  ウソばっかり。もう着いててもいいはずよ。ファビィは?ぐるになってるん
     でしょう。
ジャン  いいえ。
シュナ  え、だって。
ジャン  パタゴニア機は、遅れてるんです。今。
シュナ  遅れている?
ジャン  ええ。
シュナ  いつごろ着くの?
ジャン  分かりません。天気が悪いんです。・・・・・ものすごく。
シュナ  そんな!ここはこんなに綺麗な晩なのに。
ジャン  ここがいい天気でも、ファビィたちのところは暴風雨なんです。
シュナ  通信は?通信はなんて言ってるの?
ジャン  聞き取れないんです。
シュナ  そんなに悪いの?!ねえ、何でもいいから、分かっていることを教えてもら
     えない?
ジャン  ごめんなさい。何も、分からないんです。
シュナ  ・・・・そこに、支配人さんはいらっしゃる?
ジャン  あいにく出てるんです。
シュナ  嘘。声が聞こえたわ。
ジャン  シュナさん、誰もいませんよ。
シュナ  もうあなたが嘘をつくときの声なんて分かってるんだから。代わってちょう
     だい。
ジャン  (リヴィに)バレてます。
リヴィ  そうか。(受話器を受け取り)お電話代わりました。
シュナ  支配人さん・・・・・・・。
リヴィ  奥さん?
シュナ  あ、支配人さん。いえ、ちょっと悲しくなってしまって。ええ、そう。ちょっ
     とだけです。
リヴィ  どうか落ち着いて下さい。通信が絶えてから待つことも、飛行機にはよくあ
     ることです。
シュナ  分かっています。(椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏して)ただちょっと、
     悲しいだけです。
リヴィ  ・・・・私は、彼らを信じています。
シュナ  あたしも信じてます。
リヴィ  そして、私の従業員たちが、彼らを無事帰れるようにしてくれると。
シュナ  あたしも、神様がファビィを 返してくれるって思ってます。
リヴィ  そうあるように願っています。
シュナ  (思いついたように)あたし、今からそっちに行きます。行かせて下さい。
リヴィ  奥さん。
シュナ  行かせて下さい。
リヴィ  ・・・分かりました。

   リヴィ、電話を切る。

ナッツ  (のんびりと)お〜い、何か見えるか〜?
少年   見えねぇ〜っ!そっちは〜?
ナッツ  聞こえねぇ〜っ!ははっ!

   二人、笑う。

少年   あれだな、俺たち、から元気ってやつだ。
ナッツ  今、どこにいるんだろうな。
少年   さぁ。あ、そうだ。照明弾が一発あったっけ。やってみるか?
ナッツ  あぁ。そうだ、賭けないか?
少年   この期に及んで何を賭けるんだよ。
ナッツ  単なる運試しだ。ぱぁっと明るくなるだろ、そこに見えるのは陸地か海か。
少年   希望から言えば、陸地だな。
ナッツ  じゃぁ僕は海だ。うわ、勝ちたくないな。この賭け。
少年   風に流されてたら、海のはずだ。でもそこそこちゃんと操縦はしてるつもり
     だけど。
ナッツ  お前が勝つのを祈るよ。
少年   投下するぞ。

   強い光線。

ナッツ  えぇっと、陸、だったよな?
少年   バカ言え。あれは海だ。
ナッツ  いやいや、お前の勝ちだよ。
少年   海だった。流されないように飛んでたけど、やっぱり流されちまってたんだ。
ナッツ  (だるそうに)僕の勝ち?嬉しいな〜
少年   いや、嬉しくないだろ。オマエ。
ナッツ  で、もう照明弾もないし、これから真っ暗闇を飛び続けるわけか。
少年   そういうことになるな。燃料ももう・・・・
ナッツ  ・・・・時間の問題、ってことか。
少年   ・・・・・・。
ナッツ  ・・・・・・。

   沈黙。
   風の音。エンジン音。
   と、二人、頭上の何かに気づき。

ナッツ  おい!ファビィ!今・・・・
少年   あぁ、俺にも見えた。
ナッツ  星、か?
少年   分からない、けど、間違いなく光だった!

   二人、急上昇。
   飛行機の上昇音。
   薄青いひかり。
   風の音が止まり、うっすらと音楽。
   ふたり、雲の放つ光に、自分たちの飛行に、
   息を、のむ。

少年   世界が・・・・・・青いぞ!
ナッツ  ひかりだ。
少年   雲が光ってる。うわ、お前も光ってるよ。
ナッツ  まぶしいくらいだ。
少年   水晶にダイヤモンドに・・・・宝石の中飛んでるみたいだ!
ナッツ  あの青さは、アクアマリンとか言うんじゃなかったか?
少年   あっちはトルコ石だ。
ナッツ  月光なのか?もう、何が光ってるのかも分からない!(目をしばたく)
少年   俺の服も宝石みたいだ。このまま持って帰れたらなぁ。シュナが喜ぶのに。
ナッツ  宝石もだけど、お前を持って帰った方が喜ぶんじゃないか?
少年   いいこと言うな。
ナッツ  お前のお持ち帰りはそうとう難しいぞ。
少年   確かに。指輪を買ってやるよりは難しそうだ。
ナッツ  (レシーバーを耳に当て)具合がよくなった!ファビィ、僕の恋人は仲直り
     する気だぞ。
少年   心中する気の間違いじゃないか?
ナッツ  言えてるな。あ〜あ、僕もお前も正気じゃないよな。
少年   あぁそうだな。
ナッツ  どうあがいても
少年   助からないのに。

   二人、顔を見合わせて笑う。

少年   アリババの宝石の谷の話、知ってるか?
ナッツ  知ってるさ!あれだろ?宝石のある谷があって、でも絶対に出られない。
少年   あれは、どうやって助かるんだったっけか。
ナッツ  確か、でかいワシが来て、そいつにつかまって抜け出すんだよ。
少年   じゃぁ、ダメだな。
ナッツ  え?
少年   だって俺達、飛行機乗りなんだぞ?飛行機乗りよりカッコよく空を飛ぶヤツ
     がいてたまるか!

   支配人室。
   シュナが来ている。
   話をした後らしい。
   ジャン、リヴィに耳打ちする。
   
リヴィ  ・・・何かの連絡があったようです。ちょっとお待ちいただけますか?
シュナ  あ、はい。

   リヴィ去る。

ジャン  シュナさん、支配人さんも別に悪気はないんですよ。
シュナ  そんなこと分かってるわ。
ジャン  ただ、気にかけていることが違いすぎるだけで。
シュナ  そうかしら?同じにみえるわ。
ジャン  同じ?
シュナ  そうよ。あたしにはあの支配人さんの言うことは助けにならない。でもきっ
     と、あたしの言うことも支配人さんを助けることは出来ないんだわ。

   リヴィ帰ってくる。

リヴィ  入電がありました、『暴風雨の上空三千八百メートルの位置に閉じこめられ
     たり。海上に拭き流されたれば、目下西、内地に向かい飛行中。下方は全部
     雲に閉ざさる。目下なお海上にありや否や知ら ず。暴風雨内地にもありや?
     返待つ。』
シュナ  短く、言っていただけますか?
リヴィ  暴風雨の雲の上にいて、今海の上なのか陸地なのか分からないと。内地を目
     指しているが、そこに暴風雨があるのかないのか知らせてくれ、と。
ジャン  それで、どんな返事を。
リヴィ  『暴風雨は内地全般にわたる。燃料なおいくばくありや?』それに対して返
     事が返ってきました。 『半時間。』
シュナ  ファビィったら、帰ってこない気だわ。
ジャン  そんな、分かりませんよシュナさん。
シュナ  分かるわ。あたしはあたしとあの人とのつきあいの名において、あたしがあ
     の人のために用意した アップルパイとコーヒーと、花と音楽とふわふわの
     ベッドの名において言い切るわよ。あの人はそういう人だわ。本当の飛行機
     バカなの。
リヴィ  私にも分かります。彼は勝つにしろ負けるにしろ、戦うはずです。
シュナ  逃げることはせずに、ね。ぎりぎりまで。
リヴィ  今もまだ、どこかの着陸場では彼らの声が聞こえているはずです。

   ファビィの機。
   ファビィ達に光が当たる。
   妙な明るさがある。

少年   燃料がねんりょー!
ナッツ  やめろよオヤジギャグ野郎。
少年   気は抜いても、別にあきらめてはないさ。ただ、燃料と着陸方法と現在位置
     の情報がないだけで。
ナッツ  こっちに飛び続ければ、なんとかなるのか?
少年   いや。でも、なんとかなるってとりあえず信じてみてる。
ナッツ  飛び続ける気か。
少年   飛び続けるさ。なぁ、新入りだった頃の、あれ、やらないか?
ナッツ  あれ?あぁ、朝のあいさつか。
少年   無電で送れよ。前みたいに、みんなでやろうぜ。

ジャン  一時三十五分・・・・燃料がもうもたなくなりますね。
リヴィ  限界まで、あと何分もないな。

少年   ひとーつ!
二人   決して諦めないことーっ!

ジャン  今も何か言っているはずですね。ファビィたちの機は。
リヴィ  何を言ってるんだろうな。
シュナ  あの人の飛行機バカの、光の名において、叫んでるわ。きっと。
ジャン  ひかり?
シュナ  あたしは家の暖かいランプの光の名において。支配人さんは心の中の光の名
     において。そしてファビィは、空の上の、遠い、遠い光の名において。

少年   ふたーつ!
二人   規則をまもることーっ!(笑う)
ナッツ  みーっつ!
少年   堕ちるぞーっ!

   風の音、エンジン音、消えて行く。
   ファビィ達に当たっていた光もまた。
   一瞬、暗転。
   世界が、変わる。
   がたがたっという音。

ジャン  あーぁ、写真の踏み台壊しちゃって。先生に怒られるぞ。
リヴィ  まずいなぁ。まだ、卒業写真とってないクラスあるのに。
シュナ  飛行機ごっこも、これが最後かぁ。
少年   (おもちゃの飛行機を手でもてあそびながら)また、やりたいな。
ナッツ  あぁ。

   カラスの声が遠くから聞こえる。
   夕焼け。

シュナ  あたし、行かなくちゃ。
ナッツ  ピアノかなんかだっけ?
シュナ  うん。中学校に行ったら、もっとちゃんと練習しないといけないから。
リヴィ  音楽の有名な学校だっけ。
シュナ  そうそう。
ジャン  俺も行かないと。
リヴィ  俺も。日が、暮れる。

   3人、ばらばらと去って行く。
   客席通路、舞台袖、ちりぢりになる。

ナッツ  夜だ。
少年   あぁ。
ナッツ  僕も行くよ。
少年   また、遊ぼうな。
ナッツ  (うなづく)
少年   また、会おうな。
ナッツ  もちろんだ。

   少年、ひとり。
   アナウンス。
   「試験監督者は問題冊子、解答用紙の枚数を確認して下さい。
   これで試験は終了です。お疲れさまでした。」
   かばんから小さなおもちゃの飛行機を取り出し、眺める。

少年   懐かしいな・・・・・。

   うっすらと、音楽。
   懐かしい仲間が、あらわれる。

少年   昔はプラスチックで夢が見れた。
シュナ  心はいつも空を飛び
ジャン  どこか光を目指していた。
ナッツ  いつの間にか夜を知り
リヴィ  光の輝きをなつかしく想う。
シュナ  どこか遠い、遠い光を身近に感じていたあのころ。
ナッツ  今は手が届かない闇の中の星に
ジャン  その光を見た。
リヴィ  今はまだ、手は届かない。
ナッツ  けれど闇の中、まだあがき続ける。

   全員、まっすぐ前を向き

少年   昔はプラスチックで夢が見れた。
全員   今だって─────

   少年、おもちゃの飛行機を飛ばす。
   ふわりと、浮かび上がる。
   幸せそうに、息をのむ。
   暗転。

   幕。

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