| *月のきれいな夜だから |
大きな窓のある部屋で年老いたジニアが部屋の真中で椅子に座っている
両端には動かなくなった二台のアンドロイドが椅子に座っている、ノック
の音
ジニア はい。
孫 じいちゃん、おやすみ。
ジニア おやすみ。
孫 ハート、シザー、おやすみ。……今日は月がきれいだよ。
ジニア そうかい。
孫 …じいちゃん
ジニア ん?
孫 ……おやすみ!(ドアを閉める音、走っていく足音)
ジニアにスポット
ジニア あの子を見るといつも思い出す、あの頃のことを。そして、あいつのことを。忘れたことなど一度もなかった。でも、月がきれいなこんな夜は、いっそう鮮やかによみがえる。時間がたって色あせていく記憶のなかでいつまでも鮮やかなあの記憶が。そう、あれは私が天才少年と呼ばれていたころのこと…
少年ジニアの声が聞こえてくる、そして、眠りにつく老ジニア
ジニア どうしてみんな、俺を見てくれない!どうしてみんな俺の声を聞いてくれない!どうして俺は…天才だなんて…呼ばれてる?俺は…こんな風になることを望んだんじゃない!俺は…俺はただ…
いつのまにか窓のまえに立っている天使(スポット)
天使 僕は、彼が叫びつづけるのを、ただ黙って見ていた。じっと。でも、誰も気がついてはくれなかった。僕にも、そして彼の叫びにも、足を止める人間は誰も、そう、誰もいなかった。気の遠くなるような昔から、僕は彼らの声を聞いてきた。誰にも聞こえない、心の叫びを。そして、彼らの叫びはいつも決まって
ジニア 俺は幸せになりたかった…大切な人間を幸せにしたかった…ただそれだけだったのに!
天使 道を踏み外したのはいつだったんだろう…ね。
ジニア もうなにも…考えられない。真っ白だ…
仮面をかぶった人(ハート、シザー)がいる
仮面1 僕がもし、鳥だったら
仮面2 僕にもし、翼があったら
仮面1 僕がもし、空を飛べたら
仮面2 きっと自由になれただろう
天使 そうきっと
仮面1 あの白い雲に乗って
仮面2 かぜの吹くままどこへでも
仮面1 空に乗って
仮面2 あの太陽を抱いて
天使 そう、どこへでも、とんでいける そう思っていた
仮面1 もう苦しむこともなく
仮面2 もう涙を流すこともなく痛みも忘れ
仮面1 いやになるほど僕は笑っていられるだろう
仮面2 いやになるほど僕は自由でいられるだろう
天使 そう、いやになるほど僕は僕でいられるだろう そう思っていた
仮面1 思っているだけでそう信じているだけで
仮面2 僕は自由でいられたのかもしれない
仮面1 それだけで僕は幸せだったのかもしれない
仮面2 それだけで、僕は笑っていられたのかもしれない
天使 そう、それだけで、僕は僕らしく、あれたのかもしれない でも僕がそれに気がついたのは
全員 すべてが終わった後だった
天使 僕は一人なんかじゃない 僕には沢山の幸せがあった でも
全員 見えなかった
天使 ぼくの周りは、それよりもっと沢山の苦しみであふれていたから
全員 僕の目は遠くのものばかり追っていたから
天使 いつも僕を見ていてくれたその小さな光に
全員 気がつかなかった
天使 ぼくの周りにいつもいた、あの懐かしい人々も(仮面1・仮面をはずす、仮面を天使に渡す)平穏な日常も(仮面2・仮面をはずす、仮面1と同様)僕の目をすり抜けてとおりすぎていった
全員 そして
天使 自分自身さえも
全員 どこかへ
天使 (突然はっとして)そして、僕は気がついた!僕にはもう(仮面を取り落とす)なにもないってことに。(落ちた仮面のあたりを探る、自分の体を探る、なにか に気がつく、それは…仮面をつけた自分の顔だ。)でも…そのときはもう…遅いんだ。ソノトキハボクニハ…モウナニモ、ナイ。
舞台中央にシザーが客席を向いて立っている(ピカチュウで充電中)
後方に、後ろを向いて研究員1、2。
研究員1 分かったな。おまえの任務はやつの頭脳をわれわれに引き込むことだ。
研究員2 今研究中のプロジェクトの実現にはあいつの天才的頭脳が必要だ。
研究員1 ライバルの研究室もわれわれと同じ研究を極秘で進めているらしい。
研究員2 なんとしてもやつらより先に世間に発表しなければならない。
研究員1 そこで、お前の出番だ。わかるな。
電話がなる
研究員2 (電話を取る)はい。…なに!!そんなばかな…分かった、こちらもすぐ派遣する!(きる)向こうの研究室の奴らもあいつの獲得に乗り出すらしい!
研究員1 なに?(シザーに)分かったな。おまえの任務は?
シザー 私の任務はやつの頭脳をこちらにひきこむこと。
研究員2 そうだ。やつの頭脳はまだまだ使い道がある。山奥の病院なんかで眠らせておくには惜しいからな。
シザー 了解
研究員1 確認だ。やつの名前は。
シザー ジニア…
研究員2 よし。これがおまえの初仕事だ。充電が終わり次第すぐに迎え!
シザー 了解
研究員1 天才少年の再来だ。
研究員2 え?やつがアンドロイドの核を造ったのはもう二十年も前の話だろ?もういいオヤジじゃないか。
研究員1 はあ?おまえちゃんと資料読んだのか。
研究員2 よんだよ。二十年前弱冠十六歳だったジニアはアンドロイドの核を造り天才少年として脚光を浴びるがその翌年自殺未遂、失踪。行方はわからず最近になって自身が最初に作ったアンドロイド、ハートと共に田舎の山奥の病院にいることが分かった…ってやつだろ。
研究員1 おまえ…その先は。
研究員2 さきって?
研究員1 渡しただろ!コールドスリープの話だ!
ピカチュウ ピカチュウ、ピカピカピカ!
研究員2 ゴールドスレイブ?金の奴隷!ピカ。
研究員1 コールドスリープ!
ピカチュウ ピカチュウ!
研究員2 凍るとスリップ?路面状況?ピカチュウ。
研究員1 おまえ、わざと間違えてんだろ!コールドスリープ!
ピカチュウ ピカピカ。
研究員2 コールドクリープ!?…まずそうだな。ピカチュウ。
研究員1 あほか!あのなあ。コールドスリープ!冷凍睡眠だよ!
研究員2 マグロ…?ピカチュウ。
研究員1 はあ?おまえなんちゃって科学者だろ!マグロってなんだよ。確かに電車にひかれた轢死体と化した人間はマグロっていうさ!おまえあたまんなかどうなってんだよ!冷凍睡眠って言うのはなア!
研究員2 その時点で治療方法が見つからない難病などを患った余命がない人間をその時点のそのままの状態で凍らせて保存し治療方法が見つかるまでの間眠らせておくこと。ピカチュウ。
研究員1 (脱力)おまえなア…
研究員2 はい?
研究員1 よくできました。
研究員2 はなまるだな。ピカ。
研究員1 お前、真面目にきいてんのか!ピカピカ言うな!
ピカチュウ ピカピカピカ!
研究員1 お前もやめろピカ!
シ&2 は…
研究員1 は…見つめるな!…だから、行方不明になっていた最初の十年、天才少年ジニアくんはだ、自ら施した冷凍睡眠によって眠っていた、しかし十年たって、冷凍睡眠がとけても、彼は目覚めようとはしなかった。そしてその後十年間、なぜか老化をせずに眠りつづけた。ってわけだ。
研究員2 原因はなんだ?
研究員1 さあな。天才のあたまんなかなんてわからねえよ。
研究員2 そうか…それじゃあつまり、
研究員1 奴はまだ十六歳のままだ。
研究員2 永遠の青春…
研究員1 はあ?
研究員2 ヒデキ・サイジョウ、ヒロミ・ゴウみたいだな。
研究員たちの会話を背中で聞きながらピカチュウと共に部屋を出ていく
シザー。
その自動ドアの音。ドアを出たシザー何かにぶつかる。
再び自動ドアの開く音。何重にもなっている自動ドア。
何枚も何枚も自動ドアをとおりながら舞台から消えていく
研究員2 …いったな。
研究員1 …ああ。ピカチュウと共に…
研究員2 なに〜!あれは、俺の心の友なんだぞ〜!
研究員1 ジャイアンかお前は!
研究員2 お〜れはジャイア〜ン!ガ〜キだいしょぉ〜
研究員1 すさんでんなア…お前…
研究員2 まいっか。
研究員1 いいのか!って言うか、お前がそれでいいのか!…もしシザーが奴らにとりこまれてばれたらどうするよ。
研究員2 どうするよ?
研究員2 壊してしまえばいい。奴の脳さえあればいいんだ。抵抗したら殺せばいい\んだよ…
研究員2 奴が目覚めたのはいつだ?
研究員1 一週間前だと。
研究員2 ほう…それじゃあ、一週間まえどうぞ!
研究員1 は?
研究員2 ほら、お前も。
研究員 どうぞ!
研究員1 なんなんだ…
とか何とか言いつつ一週間前
ジニアがベットに寝ている。傍らにはハート
医師 (入ってくる)変わったことは何にもない?
ハート はい。
医師 そうか。…もう二十年だな。君たちがこの病院に来て、もう二十年も経った。
ハート 先生…
医師 長かったな。その間、君はずっとそばにいたんだな…こんなに埃だらけになって…気がつかなかったよ…私は…これまで君にはなんの注意も払ってやれなかった…患者ばかりに必死で…
ハート え…いえ、いいんです。私は。これが、ジニア様のそばにいることが幸せだから…それに、私はアンドロイドですから。でも先生どうかしたんですか?急にそんな事…
医師 辞めるんだ…この病院を…
ハート 辞める…?どうしてですか?
医師 どうしてだろう、命令なんだ。
ハート 命令…?
医師 いつもそうだ。ここに来たのも命令だった。…君より、私のほうはよっぽどアンドロイドのようだな。私は命令を聞くことが仕事みたいだ。でも君は、自分でやりたいことが分かってる。
ハート 後悔・・していますか?
医師 え?
ハート ここに来たこと…
医師 …いや。ここは私にとって幸せな場所だったよ。これからも…
ハート 先生は、アンドロイドなんかじゃありません、。先生は、とってもすばらしいお医者様です!
医師 …ありがとう。…もう、行かないと…
ハート これまでありがとうございました。また…会えますか…?
医師 どうかな。…これを。
ハート これは?
医師 私が調合した、彼への最後の薬だ。もしかしたら、目がさめるかもしれない。彼にまだ…生きる気があれば…な。
ハート ありがとうございます!
医師 礼をいうのはこっちのほうさ。それじゃあ…
ハート 先生!お元気で…
医師 ああ。(と去る)
ハートが薬を飲ませてみる。手を握ってじっと待つ
突然、手が握り返される。ハート、必死で呼びかける。すると…
ジニア (目を開ける)ん…
ハート ジニア様?
ジニア ハート…ここは…?
ハート 病院です。ジニア様、二十年も眠りつづけていたんですよ。面白いんです、この病院、4のつく部屋がないんですよ。
ジニア 俺は…まだ人間か?
ハート は?
ジニア 夢を見た…
ハート ゆめ?
ジニア 深い穴の中にいた…真っ暗で…何もなくて…上を見れば、そこには空が広がっていて…ずーっと空を見上げてた。手を伸ばせば届きそうなのに、俺には穴から抜け出すことさえできなかった…
ラフがはって出てくる。何かを探している様子だ。
ハート ここは…穴の中なんかじゃありません。
ジニア ……たい。
ハート は?
ジニア 俺は…鳥になりたい…。(また寝る)
ラフ、ジニアのベットにたどり着く。
ハート ジニア様?
ベットの上に顔を覗かせようとするラフ
ハート ジニア様?(マイクをとりだし)ジニア様〜〜!
驚きのあまりひっくり返るラフ
ハート …そんなア…やっと、やっと…
と、ラフがジニアをつついて揺らした
ラフに気がつくハート
ハート あ、あなた…は?
ラフ どうしたの?
ハート え?
ラフ この兄ちゃん、起きないの?
ハート さっき、やっと起きたと思ったのに…また寝ちゃった…
ラフ ずーっとねてるの?
ハート うん…ずーっと。
ラフ どうして?
ハート どうして…だろう。先生が言ってた。体にはどこにも悪いところはないって。でもね、きっと無意識に起きるのを嫌がっているんだろうって。起きる気があれば、いつだって、起きられるのにって…
ラフ じゃあ、もうすぐ起きるんだ!
ハート え?
ラフ え?だって、さっき起きたんだもん。もう起きなくちゃって思ったんだよ。だからまたすぐに起きるでしょ?
ハート そう…かな?
ラフ うん!
ハート そうよね!ありがとう。私ハートっていうの。あなたは?
ラフ ラフ。
ハート こんなところで、なにをしていたの?
ラフ 探してた。
ハート なにを?
ラフ 帽子。
ハート 帽子?
ラフ うん。
ハート 見つかった?
ラフ、首を振って泣きそうになる
ハート みつからないの。
ラフ (うなずく)
ハート 大事な帽子なの?そう…困ったなあ。ああ!そうだ!(と帽子を脱いでラフにかぶせる)これでどう?見つかるまでの代わり。
ラフ (にこっ)…ありがとう。
ハート うん。その帽子ね、私の大切な帽子なの。
ラフ 大好きな人に、もらったんでしょ。僕もそうだよ。
ハート そうよ。私ね、アンドロイドなの。
ラフ アンドロイド?
ハート そう。お人形の事よ。このお兄さん、ジニア様が私を作ってくれた人なの。その帽子はね、ジニア様がくれたのよ。優しくて、私の大切な人。
ラフ 大好きな人、この人なんだ。ずっと眠ってて、寂しい?
ハート 私はそばにいるだけでいいの。それにこの帽子に、楽しい思い出が沢山のこってるもの。
ラフ そっかあ。
ハート …そうよ。
ラフ …そっかあ。ねえ、
ハート え?なあに?
ラフ マイクいつも持ち歩いてるの?
沈黙
ハート それから私達は沢山のことを話した。ジニア様との沢山の思い出をラフは楽しそうに聞いてくれた。だから私は、少しだけ、後悔した。本当は、さびしくて仕方がなかったのに強がってしまったことを。私は、アンドロイドとしては異端だ。感情がある。このジニア様が眠りについてからの二十年間で私は初めてそのことを幸せに感じた。
途中でラフが寝てしまう
ハート、気がついて花瓶の水を替えに去る
ラフ、不意に起きあがる。その顔は、別人だ。
ランス こんなところで寝るなよな。(帽子に気づき脱いで)ハート…か。
ハートが出てくる、その目にラフらしき少年
何やら雰囲気が違うような気がして立ち止まり、声をかけるのをためらう
と、彼が振り向く。ラフとはどこかちがう
ランス ハート?
ハート おはよう、ラフ。
ランス 俺はランス。ラフじゃない。
ハート え?でも…
ランス ラフの双子の兄貴。ラフは今ここ覗いたら寝てたから連れていった。迷惑かけた。
ハート いいえ。
ランス ひとつだけ、あんたにいいたいことがある。
ハート なあに?
ランス あまりラフを相手にしないほうがいい。
ハート …どういう意味?
ランス 内緒。
ハート は?
ランス とにかく、今日は迷惑をかけて悪かった。
ハート あの!…わたし、ラフに話を聞いてもらって…すごくうれしかった。なんだか元気が出たの。だから、悪かったなんて、迷惑だなんてことないわ。だから、これからも…
ランス そういう意味じゃないんだよなあ…
ハート え?
ランス ま、いいんじゃない。…そうしたいんだったら勝手にしろ。
ハート そうする!
ランス 俺は忠告はしたからな。…帽子は…借りとく。
ハート うん!
ランス去る
ハート そして、二日後の朝にジニア様は目を覚ました。でも、それは私が二十年間思いつづけてきたジニア様の姿ではなかった。誰にも会わず、誰ともしゃべらず、ただ毎日が過ぎていった。(去る)
ジニアがベットに座ってボーっとしている
ラフがやってきてジニアの目の前で手を振ってみる
反応なし
ラフ 今日もだめか…そうだよね、だって先生が言ってたもんね。今兄ちゃんにはなにも見えてないって。だからこんなことしてもこんなことしても笑ったりとかしないんだよね。…ね。
注・ジニアはおかしくてもがんばってこらえましょう。
ラフ 僕、兄ちゃんと話がしてみたいと思ったんだ。だって、ハートがすごく楽しそうに兄ちゃんの事話すから。…でも、もう兄ちゃんはお人形になっちゃったんだね。ハートは自分のことをお人形だっていってたけど、僕は絶対ちがうと思うんだ。だってお人形は泣いたりなんかしないもんね。
ジニア、微かに反応
ラフ 僕知ってるんだよ。ハートは兄ちゃんがいないとすごくさびしいんだ。だからまた一緒にお話が出来るのをすごく楽しみに待ってたんだよ。だってハートいってたもん。兄ちゃんはわたしの一番大切な人だって。
ジニア、表情に変化
ラフ 兄ちゃん、もうハートのこと嫌いになっちゃったの?
ラフ、去りかける。
ジニア …嫌いになんか…なってないよ。
ラフ え?
ジニア 嫌いになんか…なってない。
ラフ やったあ!よかった。ハー…
ジニア 待て!お前は…?
ラフ 僕はラフ。
ジニア ラフ…約束…してくれないか?
ラフ どんな約束?
ジニア 今、俺がいったこと…誰にも言うな。
ラフ どうして?ハートにいったら喜ぶよ?
ジニア だめだ。どうなってもハートだけには言うな。
ラフ …
ジニア 頼む。約束、してくれ。
ラフ …わかった!
ジニア ありがとう。
ラフ ハート、呼んできていい?
ジニア ああ。
ラフ去り、すぐハートと戻ってくる
シザー現れ
シザー (出てくる)対象者発見。近くにいるのは、旧型アンドロイド。劣等品だな。利用価値はありそうだが、大した障害ではなし。(研究所に)もうしばらく様子を見てから任務に入ります。(と去る)
ジニアとハート、一緒に去る(散歩でも行く雰囲気)
ラフ 次の日、兄ちゃんのところに、シザーと言うアンドロイドがやってきました。シザーは最新式のアンドロイドで、ハートとはぜんぜん違っていました。感情もなければ失敗もしませんでした。もう、それは完璧と言ってもいいくらいでした。シザーのおかげでハートは兄ちゃんといる時間が増えました。でも、僕には、ハートがだんだんさびしそうになっていくようで僕は何度も兄ちゃんとの約束を、破ってしまいそうでした。
ラフ去る
シザーが機械の中をごそごそやっている、ハート現れ
ハート シザー、手伝いましょうか?
シザー いえ、結構です。
ハート そう。
シザー …まだなにか。
ハート …わたしがいると、邪魔ですか?
シザー ええ。あなたは、感情があるんでしたね。感情など、いらないとは思いませんか?アンドロイドは人間の補佐をするものです。ただ人間の命にしたがっていればいい。あなたは、人間に近いようですが、同時に、アンドロイドとしては劣等品です。劣等品といっしょに仕事はしたくないですね。(ハンカチで手をふき、機械の上に置く。そして、またごそごそやりだす)
ハート そう…ね、そうよね!ごめんなさい。(とハンカチを持って去る)
シザー手でハンカチを探し…ん?ないぞ?なんで…?となっている
ジニア (出てきて)劣等品か。
シザー …いけませんか?
ジニア お前にもな、感情はあるんだよ。
シザー ……
ジニア まだ俺の造った核を使っているんだろ?何かで制御されているみたいだけど、核の中に俺は感情のパターンを組み込んである。何かの弾みで制御が解けることだってあるだろうと思うよ。
シザー もしそうだとしても、私はこのままがいいですね。
ジニア そうか。どうでもいいことか。(と去る)
シザー そうですよ。どうでもいい…どうでもいいことです。(去る)
ハート (出てくる)
ラフ (出てくる)あ!ハート。
ハート ラフ。
ラフ どうしたの?このごろ元気ないね。
ハート そうかな。
ラフ …うん。
ハート なんだかね、ジニア様との間に壁があるの。前とおんなじようにしてるのに、どんどんさびしくなっちゃうの。なんでだろうね。もう、わたしのこと嫌いになっちゃったのかな?
ラフ ……
ハート ラフは、憧れる人、いる?
ラフ あこがれる?
ハート すごいなあって思う人のことよ。
ラフ ううん…ランス!
ハート そう、じゃあ、…ラフはランスになりたいと思う?
ラフ ランスに?ううん。
ハート どうして?すごいなあって、憧れるんでしょ?
ラフ うん。でもね、前そう言ったら怒られちゃった。
ハート どうして?
ラフ うん。あのねえ、パン屋さんはパンを作るでしょう。それで、お医者さんは人を治すんだよね。
ハート へ?
ラフ でも、パン屋さんが皆お医者さんになりたいと思ってお医者さんになったら、パンを作るひとがいなくなってお医者さんのおなかが空くでしょ、そうしたらお医者さんは患者さんの治療ができなくなっちゃうよ。
ハート ?????
ラフ だからね、僕は僕なんだ。
ハート …ラフは強いのね。
ラフ そんなことないよ!
ハート じゃあ、ラフ。ランスならなんて言うかしら。
ラフ ランス?えーっとねえ…あ、そうか。呼んできてあげる!
ハート え?
ラフ ちょっと待ってて。
ラフ去る。ランスがくる。
ランス なんだあ?なんか用?
ハート あの、ちょっときいてみたいことがあって。ランスはどう思うか。
ランス 何をだ?あんたがアンドロイドのくせに天然ボケなことか?
ハート ちがうわよ!…ランスは…憧れたひとになりたいと思う?
ランス ……
ハート ジニア様は、鳥になりたいんですって。
ランス 鳥?…どうして鳥なんだ。
ハート どうしてって…翼があるから…空を自由に飛べるから!
ランス 自由に飛べるだと?翼があれば…自由になれるって…?馬鹿馬鹿しい!
ハート ランス?
ランス (はっと)……
ハート ランス…
ランス 鳥が自由だなんて誰が決めたんだ?例え翼を持った鳥にうまれたとしても、行くところも、帰る場所も、その翼を休める枝もなければ…翼を持ってうまれたことを後悔するかもしれない。それに…物理的にも人間は、翼なんか持てないだろう。
ハート そうかもしれない…でも、私はジニア様に戻ってほしい!私を生み出してくれたあのときのジニア様に。そのためにジニア様が飛びたいと願うのなら…私は翼をあげたいの!私はシザーのように仕事もできない、なんにも役に立てない劣等品でも…私はジニア様が、好きだから…
ランス いいんじゃない?分かったから少し落ち着け。俺はそう思うだけだ。
ハート ラフは…僕は僕なんだって…あなたにそう怒られたって…パンやとお医者様の話をしてくれた。私には…よくわからなかったけど…
ランス パン屋と医者か。俺も聞いたことがある。
ハート あなたが言った話じゃないの?
ランス 俺が言ったのはお前はお前だってことだけだ。あいつなりに考えた結果の話なんだよ。あいつはあんたに言いたかった。代わりのいる存在なんてないんだ、皆大事、そのまんまがいいんだってな。
ハート アンドロイドはいくらでも代わりがいるわ!
ランス いいや、お前はお前だ。お前はあのシザーって奴がなんでも出来るって憧れているようだけど、お前にはお前にしかできないことがある、お前が、やらなくちゃいけない事もある。
ハート 私の…私にしかできないこと?それって…
ランス そんな事知らん。自分で探せ。(と去る)
ハート あ!ちょっと待って!待ってよ!ランス!…どうしたらいいのかな。
ハート去る
シザーが出てくる
シザー そろそろ、潮時かな…?
暗転
ハートとジニアがいる
シザー ちょっといいですか。
ジニア シザーか。どうした?
シザー ジニア様?
ジニア なんだ?
シザー もう、アンドロイドの開発には携わらないのですか?
ジニア ああ。
シザー なぜ?
ジニア 俺はもう、天才少年じゃない。
シザー どうしてもですか?
ジニア 俺はもう…やめたんだ。
シザー 気の毒ですが、そう言うわけにはいきませんね。
ジニア なに?
シザー わたしはあなたをアンドロイド開発の場に連れ戻すためにきました。
ハート どう言うこと!?
ジニア …つまり、お前は俺を研究室に連れていくためにきた…と。
シザー そういうことです。
ジニア シザー…ひとつだけ、聞いていいか。
シザー なんですか?
ジニア 俺が…もし俺が天才少年じゃなくても、お前は俺に会いたいと思った…?
シザー 私は…あなたにその頭脳があるからここにいるのです。それに、私には感情がありません。会いたいという気持ちも、分かりませんよ。
ジニア そうか…お前がほしいのは俺の脳みそか!俺は…俺は天才なんかじゃない!こんなもんのおかげで俺がこれまでどんな思いで…それがお前らにわかるか!こんなもんを持ったおかげで、俺のそばにはお前らみたいな人間しか寄ってこなかった!俺がほしかったのはそんな…こんな天才なんて称号じゃないんだ!誰にでも天才でしかない俺じゃないんだ!
シザー …あなたはどうです?
ハート え?
シザー あなたはどうして彼に笑いかけるのですか?どうして、一緒にいようとするのですか?あなたを作った天才少年ジニアだからではないのですか?
ジニア や、やめろ!そんな事・・
ハート それは…
ジニア やめろ!いい!ハート、答えるな!頼む!答えないでくれ!
ハート ジニア様…(にっこり)
ジニア (ほっと)ハート…?
ハート シザーそれはね、
ジニア ハート!
ハート 私がジニア様と一緒にいたいと思うからよ!誰かにいわれたからでもジニア 様が私を作ってくれた天才だからでもないわ!
ジニア ハート…
ハート 大丈夫です。私はいつもそばにいますから。例えジニア様がわたしのことを嫌っていても…
ラフ (出てきて)そんなことないよ!
ハート ラフ?
ラフ だって僕聞いたんだ。
ジニア ラフ!
ラフ 誰にも言わないって約束したんだ。だから僕ずっと黙ってた。でも、やっぱりおかしいよ。
ジニア ラフ!
ラフ どうしてすきなのに嫌いな振りなんかしなくちゃいけないの?そんなのおかしいよ!
ハート ラフ、どう言うこと?
ラフ 僕、言うからね。
ジニア やめろ!
ラフ ジニアはハートを嫌いになんかなってない。
ハート …嘘。
ジニア そうだ、嘘だ!
ラフ 嘘じゃないよ!だって僕聞いたもん。ちゃんと聞いたもん!
ジニア この、馬鹿!
ラフ 馬鹿はジニアじゃないか!大事な人が悲しんでるの見て平気なかおしてるなんておかしいよ!(と去る)
ハート どうしてですか?
ジニア もう…誰にもかかわりたくなかったんだ…ハート、覚えてるか、俺が自殺未遂をしたこと。
ハート はい。でも、理由は教えてくれませんでしたね。
ジニア …俺は疲れたんだ…誰にとっても天才でしかない自分に。俺が俺でいることが出来ないことに。はじめは、それでもぜんぜん平気だった。俺には家族がいた。俺を俺としてみてくれる、大切な人達が。でも、そのうち俺は気がついてしまった。家族の目が、いつのまにか珍しいものを見るような、他の誰もと同じ目をしていることに。そのとき思ったんだ。俺は一人。誰も、俺自身を見てはくれないんだ。そう思ったら…もうどうしようもなかった。だから…お前もいつか、そうなるんじゃないか、そう思った…だから、もう誰にもかかわりたくはなかった…だからいいたくなかったんだ。お前のことが、嫌いになったからじゃない。悲しませて、悪かった。
ハート もういいんですよ。
シザー ……え?もう少し待ってください。え?そんな…だってあれは…いえ、わたしは…ですが…あ!…わ、かりまし、た…(ジニアに)一緒に来てください!
ジニア もういやだ!
シザー 早くしないと、あなたは死体で行くことになりますよ!
ハート どういうこと?
シザー 痺れを切らした研究室の人間達が殺し屋のアンドロイドを派遣しました。
ジニア お前…
シザー さあ!はやく!
声 お前か、ジニアってのは。
シザー 遅かった…
声 おい、そこの役立たず、ご苦労だったな。
ジニア !ふざけんなあ!!
声 死ね。
銃発射
シザー撃たれる
声 うわああああ!(死ぬ)
シザー あ・い・う・ち??ウッ…(倒れる)
ジニア おい!おい…シザー?しっかりしろ!
シザー あれ?私…ど、うしたんで、しょう?
ジニア それはこっちのせりふだ!どうしてこんな…
シザー ど、うし、てで、しょう。言え、ば、いい、わ、けに、なりそう、で、でも、
聞いて、ほ、しい、の、です。わ、たし…は…あ…な……
ジニア シザー?聞く、聞くから!聞くから最後まで言えよ!おい!だめだ!まだだめだ!俺はなんにも聞いてない、ハート!(顔を上げシザーを引きずって去る)
ハート ハイ!(去る)
ランスが銃を片手に出てくる
じっと銃を見てそして去る
暗転
シザーが寝ている。かすかに動き、起きあがる
シザー …私は…
ふと傍らを見ると自分の上に頭をのせてハートが寝ている
後方にはジニアが寝ている
シザー 一体…
ランス (出てきて)まだ寝てたほうがいいんじゃないか。
シザー わたしは一体…?
ランス 当たり前だ。いくらアンドロイドでもお前が二体も三体もいたら気持ち悪い。
シザー いや、そうでなくて…撃たれたのでは…
ランス ああ。ズキューン、きゃー!どてっぱら〜って感じだったな。
シザー いや、だから!撃たれた後どういう過程をたどったのか聞いてるんです!
ランス お、怒った怒った。
シザー 誰がです?
ランス お前。
と指を指す。シザー後ろを振り返る。
ランス いや、だから、お前。
と、シザーの鼻を押す
シザー 虫がいますか?
ランス いるわけないだろ。虫の喜怒哀楽なんかわかるか!シザー、お前だ!
シザー どうしてわたしが。
ランス唐突に変な顔、シザー思わず噴出す
ランス ほら、な。
シザー …(びっくり)本当だ。…そういえば、前ジニア様が言っていました。私達の核の中には感情のパターンが隠されていると。
ランス これでお前も劣等品だな。
シザー そう言う言い方は、やめてください。
ランス お?でも、最初にハートのことを劣等品と言ったのはあんたなんだろ?
シザー もうそんな事思っていませんよ。もうわたし達が品物だとも思いません。
ランス 変わったな。
シザー ありがとうございます。
ランス いいんじゃない?(自分自身に)分かった、ちょっと待て。
シザー え?
ランス なんでもない。…ラフがな、
シザー ええ。
ランス ありがとう、皆大すきだって伝えろってさ。約束破っちゃったからジニアにはごめんねっていっといてくれって。
シザー 二人が起きてから言わないと。
ランス いいんだ。たのんだそ。
シザー あ、は、はい。
ランス じゃな。
シザー …?
突然、寝ているハートがシザーのてをつかむ
シザー え?
なぜか指相撲
シザー ア、アノ、ちょっと、ハート。
ハート え?(と起きる)ア〜!ごめんなさい!
ジニア なんだあ?(と起きてくる)
シザー さっきまで、ランスが来ていました。
ジニア なんだ、きてたのか?俺気づかなくて悪いな。
シザー そう言ったんですけど。
ジニア なに?
シザー いえ、ちがいます。起きるまで待ったらどうかって…
ジニア そうか…ア、それはそうと、お前撃たれたとき、何を言いかけたんだ?
シザー え?
ジニア なんか…言い訳がどうのって…
シザー あ、あれは…その…
ハート どうしたの?
シザー いえ…その…わたしは…あなたと、ハートと、そしてラフやランスとここにいたことが、とても…なんて言えばいいのか、その・・
ジニア わかったよ。
シザー …はい。
ハート わたしも!楽しかった。
シザー 楽しい?
ハート そう、楽しい。
シザー それと、ひとつだけ、あなたに聞いておきたかったことがあります。
ジニア え?俺に?
シザー 一度、自殺をして、未遂に終わった後のことです。あなたは、そのあと自ら冷凍睡眠を選びました。その理由が知りたいのです。あなたは、その時点で、再び死を選ぶことも出来たはずです。けれど、あなたは冷凍睡眠と言う手段で、遠い未来に生きていくことを選びました。それは、なぜですか?
ジニア それは…アンドロイドを守りたかったから…
ハート アンドロイドを守る?
ジニア 俺は…アンドロイドを兵器になんかしたくなかった…どんなに危ないものだって使う人間によってどんなにも便利な道具になると思っていた。俺達が作った化学は、俺達が傷つけちゃ行けない、だから!守ってやらなくちゃ、俺の作ったこいつらを…そうおもっていた。ナイフだって、自動車だって、ちゃんと人間の日常の道具になれた、そう思って自分を落ち着かせていたけど、でも、現実を見ろ!毎日毎日、映画もドラマもニュースだって!ナイフや自動車で人間が死んでる!犯罪が起きてる!俺には…俺にはどうしようもないんだ…だけど…あきらめられなかった。かといって、俺にはそれに絶えられるほどの強さもなかった…
ハート ジニア様…
シザー そうですか…はなしていただいて、ありがうございました。
ジニア ああ。あ、そういえば、ランスが来てたっていってたな。
ハート 何か言っていましたか?
シザー あ、そうでした。ラフがありがとう、皆大すきって言ってたって…
ジニア ありがとう、皆大すき…?
ハート それって、なんだかもう会えないみたい。
シザー そう言われてみれば…ランスもなんだか…
ジニア …あいつら、探しに行こう。
シザー 探しに?
ジニア なんだか変な胸騒ぎがするんだ。
シザー しかし、どうすれば…
ハート わたし、先生に聞いてきます。
ジニア わかった。じゃあそれはお前にまかせた。
ハート はい!
ハート去る
ジニア 俺達は何を…
シザー ラフの病室はどこだか知らないのですか?
ジニア たしか…そうだ!104って…
シザー じゃすぐに…今、なんて言いました?
ジニア ん?104。どうした?変なかおして。
シザー それって…どこにある部屋です?
ジニア え?
シザー この病院に、そんな部屋、ありませんよ…?
ジニア 103の隣だぞ?
シザー だって…この病院の部屋には…4がつく部屋はありません
ジニア なんだって…?
シザー あそこは…封鎖された病室です…
ジニア ……
ハートがゆっくり歩いてくる。なんだか様子がおかしい
ジニア ア、ハート!どうだった…?
ハート え…あ、なんだか、よく分からなくて…
シザー 分からないって?
ハート だって…変なこと言う…から。
ジニア なんだ!ハート!
ハート ラフなんて言う子は今はもういないって…五年ほど前まで入院していたけど…もう…
ジニア もう、なんだ!
ハート …亡くなってるって…
走り出す三人
暗転・ドアのおと
ジニア ラフ…ランス?いるのか?
ハート なんだか、嫌な感じ…
シザー やはりここにはいないのではないですか?(全員去りかける)
ジニア (何かを見つける。白い後姿)ん?…誰だ?出てこい…
ランス (ため息。何かを装着する後ろ向きのまま)見つけないほうがよかったのに。何もわからず、苦しまないで、死ねたのに。
ジニア ランス!ランスだろ…?おまえが死んでるなんて…嘘だよな…?
ランス …
ジニア おい!
ランス 嘘じゃないさ。(と振り向く。顔には仮面)
ジニア お…まえ…
ランス あんたの命、(羽が広がる)狩りに来た。
ハート て…んし?
ランス そうだよ、ハート。俺はジニアの命を狩りにきた天使だ。
シザー ランス…気でも狂ったのか?本気かよ!
ランス ああ、本気だよ。俺がこの引き金を引けばお前は消える。天使になって五人の魂を召喚しろ。それが俺の天国に行くための宿題ってわけだ。
ジニア ランス!
ランス 俺は今までずっとラフの身代わりでしかなかった!お前の甘ったれた言い分とか愚痴とか使命とかもう沢山だ!これで終わりにしてやるよ!
シザー ランス!
ハート やめて!
ランス …う
ジニア ?
ランス声 ちがう…俺は…
ジニア ランス?
ランス う…死ね!
ランス声 …や…めろ。
ランス、一人で争っている
ハート ランス?
シザー なにを…?
ランス声 やめろ〜!!!!!!
ランスの仮面が半分おちる。倒れこむランス
ジニア ランス!
ランス ん…俺…?ジニア…!俺に近づくな…俺はお前を…
ジニア 大丈夫だよ。多分、これの所為だから。(と仮面を拾う)
ハート じゃあ、ランスがジニア様を殺そうとしたわけじゃないのね。
ランス …悪いが、ジニアを殺そうとしたのは俺だよ。俺達がもう生きてはいないのも、俺の宿題の話も…全部本当だ。
ハート え…
ジニア ラフは…?
ランス、ポケットからハートの帽子を取り出してかぶる
ハート それは…わたしがラフに貸した…
シザー それじゃあ、ラフはランス…?
ハート どういうこと?
ジニア まさか…お前らが一緒にいるところを誰も見たことがなかったのは…
シザー この病院のひとがラフの事しか知らなかったのは…
ランス 簡単だろ?俺はラフに作られた、もう一人のあいつさ。
ハート そんな…嘘。
ジニア どうして…
ランス ラフがここに来たのは、あいつの持ってた病気の所為だ。今の医療の技術を持ってしてもどうにもならないような不治の病って奴だった。ラフには父親がいなかった。母親は、ラフを回りから押し隠すようにしてここにいれた。最初のうちは一週間にいっぺん病院に来ていた。しかしそのうちそれが一ヶ月にいっぺんになって、結局は一年に一回になった。五年前、あいつの母親は初めてラフに土産を持ってきた。白い毛糸の帽子だ。
ハート じゃあ、私達がはじめてあったときに探してたぼうしって…
ランス そうだよ。そしてそれっきり、二度とここにはこなかった。
ハート じゃあ…
ランス 捨てられたんだ。でも、それだけじゃなかった。ラフは聞いてしまったんだ。母親の本音を。母親は電話で話していた。「もうここにはこなくてよくなった。もう、一年もいきられないらしい。これでやっと、邪魔な荷物がなくなった」…だからラフは俺を作った。身代わりの俺をな。
シザー ラフはそのことを知っているのか?
ランス あいつは何も覚えちゃいない。でも、時々帽子を探しまわった。
ジニア いや、分かってたんだ…
ランス ?
ジニア あいつはきっと分かってた!自分は用無しだから捨てられたって分かってた!その証拠におまえの名前とあいつの名前、つなげてみろよ。ラフランス、洋ナシだ。二人でひとつのようなしの人間だ!所詮一人じゃ用無しにもなれない、中途半端な人間だ!
ハート ジニア様?
ジニア なんだ、所詮は現実から逃げた卑怯者とそれをひき受けてあげましたってかおして得意になってる偽善者だろうが!
ランス ラフは卑怯者なんかじゃない!何がわかる!あんたに、あいつの何が…?俺は偽善者でいい!卑怯者でもうそつきでも異常者でもなんでも!でも!あいつは好きで逃げたんじゃない!そうしなきゃいられなかったんだ!もう…ぎりぎりだったんだ…立ち向かいたくても!戦いたくても!誰も助けてくれなかったら、一人じゃあ…きつい時だってあるんだ。あんたにはいつもハートがいたじゃないか。そんなあんたに。あいつの何がわかる。いや…あんたはわかってくれてるんだと俺がかってに思ってたのか。
ジニア そうだ!俺はおまえらのことなんかなんにも分かっちゃいない!おまえの大切なラフを傷つけてきた人間たちとおんなじだ!
ランス …
ジニア 撃てよ!俺が憎いだろ!殺したいだろ!おまえの大切なラフをだましつづけた俺が、撃て、撃てよ!
ランス …だめだ
ジニア どうして!
ランス もういい。
ジニア なにいってんだ!よくないだろ?俺はおまえらを…
ハート ジニア様、もういいんですよ…
ジニア なんだ!みんな、俺は本気でいって…
シザー 違います。貴方は本気でなんか言ってはいない。
ジニア なぜ俺でもないおまえらにそんな事が分かる!
シザー 分かりますよ…
ハート そうです。誰にだって分かります。
ジニア なぜ!
ハ・シ 本気だというのなら、なぜあなたは、そんなに悲しそうな顔をしているの?
ジニア え…
ハート もういいんです…もういいんですよ。
ジニア 俺は…俺はなんの役にも立たない!ハートにも、シザーにも、おまえにも、そしてラフにも、俺は沢山のものをもらったのに…俺は何もあげられない…だから、だからさあ、殺されてやるくらいいいと思ったんだよ…
ランス 馬鹿だな…
ジニア え?
ランス 馬鹿だよ。あんたは。俺なんかに情を移すなんて。
ジニア どうしてだ!そりゃア、最初はおまえの事なんかなんにも知らなかったよ。でも、今なら分かるおまえがどれだけラフのことを思っていたのか!
ランス それで情がうつったって言うのか…本当に…馬鹿だよあんた。
ジニア なんで!なんでそんな風にいうんだよ!俺はおまえの気持ちが分かった。大切な人が分かった!沢山のものをもらった!だから!だから、俺でも役に立つことが出きるんじゃないかって思ったんだ!それをなんだよ!ああ!そうか。分かったよ。やっぱりおまえは人の心なんかなにもわかんない冷血な奴だよ!ラフを傷つけた人間達への憎しみだけ抱え込んで、他のあったかいもんを全忘れて生まれてきたただのつらいことの掃き溜めなんだ!
ハート ジニア様!
ランス …そうだよ、ジニア。俺があんたらにしたことは、すべてこの日の為だった。
ジニア …え?
ランス だから、そんなものに情を移してどうする。そんな存在が、人に思われてどうなる。あんたらは皆、幸せになるために生きてる。でも、俺は違う。俺は影\だ。ラフを傷つける奴を憎むために生きてる。つらいことを全部請け負って、憎みつづけるために。
ハート ランス!そんな事いわないで!
シザー 私も、そう望みます。少なくとも、私も幸せになるために生きているわけで
はありません。
ランス いや、シザーは幸せのために生きてるよ。自分でやりたいこと、決められるじゃないか。自分で、目的を決められる。でも俺は違う。ラフがいなけりゃ生きてなんか行けない。生きる意味の違う奴が他の奴に何をしてやれる?だから、俺はラフのためだけの幻でいい。誰の人生にも漣ひとつ立てなくていいんだ。
ハート ラフをうらんでる?
ランス なぜ?俺はラフだからうまれたんだ。
ハート うん。
ランス 結局俺は、ラフのことしか考えてないんだな。人の命なんかこれっぽっちも大切にしない。
ハート そんな事ないわ。だってさっきジニア様を撃たなかったじゃない。
ランス 奴を撃ったらきっとラフが怒るんだろう。その顔が浮かんだんだ。本当にジニアのことを考えていたわけじゃない。
ジニア いいよもう、自分のこと考えたって。だって、もうおまえはラフとはいないんだろう?
ランス あ?
ジニア 俺を撃てば、おまえは任務をまっとうできる。そうだろ。
ランス ……
シザー ランス!あなたはラフの幻なんかじゃない!わたし達にとってはあなたもラフも、大切な人だ!あなたにだって分かっているでしょう、あなたにその引き金が引けますか?
ランス ……引けるさ。
ハート ランス!
ジニア 撃て!
ランス ああ(銃を構える)
シザー やめろ!
ランス サヨナラ。
ジニアにスポット、他の電気がすべて落ちる。
銃声。ランスの足。ランスの羽が落ちる。割れた残りの仮面がおちる。
そして…手から銃が落ちる。そろそろと目を開けるジニアの視界のように
ゆっくりと電気がつく。三人に向かってたった一度の笑顔を向けるランス。
崩れ落ちるランス。頭から血が流れている
動かない。一瞬の静寂を破るジニアの叫び
ジニア おい、嘘だろ…?ランス!…お前本当に勝手過ぎる!俺の気持ちなんてお構いなしかよ!もう、誰も俺のために消えてほしくなんかなかったのに…
ランス声 ジニア、うぬぼれんな。俺がこうするのはお前のためなんかじゃない。ただ俺が死んでもなにも変わらない。でも、おまえにはおまえにしかできないことがあるんだろ。それに…おまえらは…俺たちのいたことを忘れないだろ…?
ハート ランス、わたし分かったの。私にしか出来ないこと、わたしが、ジニア様の翼になるの。二人で、空を飛ぶの!
ランス声 ああ。いいんじゃない?俺は、翼なんかほしくなかった…ただ、ラフと一緒に…俺にも、おまえらみたいな翼があれば…良かったのにな…
ジニア (ボソッと)馬鹿だよ。おまえは…俺が今までに見たことないくらい…分かったよ…忘れない…ずっと。おまえのことは…おまえらのことは絶対に…
三人ストップモーション。ランス、起きあがる。
客席後方に何かを見つける。口が動く。
ランス声 ラフ。これで、よかったんだろ。
ランスが微笑む。その笑顔。
ランス声 いま、いくよ。
ふと、なにかを思い出す。ポケットから取り出したのはハートの帽子。
ハートにかぶせる。
ランス声 (ラフに)もう、なくても大丈夫だろ。
ハートへ
シザーへ
そして、ジニアへ
ランス声 ありがとう。
羽を一枚取り出してジニアの手に乗せる
ランス声 バイバイ。
ラフに目を戻し、手を差し伸べる
暗転
ジニア その羽は、語りつづけた、ひとつの歌を、歌いつづけた。それはきっと、ラフとランスの本当の翼だったのだろう。今でも、月のきれいな、こんな夜、目を閉じれば聞こえてくる。彼らの歌が、そして、あのころの、私の大切な時間が、私の大切な、彼らと共に。
目覚める老人ジニア。ひざの上の羽を取り上げてひかりにすかす、そして…
窓から月明かりと共にランスが現れる
ランス 月のきれいな夜だから僕はあなたに会いにきた。ぼくに自由のつばさをください
少し間を置く。目覚めるハートとシザー
ジニア ぼくに明るい光をください。
ハート ぼくに少しの勇気をください。そうすれば
シザー 凍えそうなほど寒い日でも暖かい光を感じることができるだろう。
ランス 吹きすさぶ風の中それでもぼくは外に出て枝の隙間から降り注ぐ光の中
全員 僕は君を想うだろう
ジニア 暗闇が押し寄せて眠れない夜には空を見上げて僕のことを思い出して
ジ&ハ 僕はいつだって君の心を探してた。人は一人では生きては行けないから
ジハシ いつだって、君に見つけてもらいたかった
全員 そして僕は大きな君の心をもらったんだ。ぼくは手を伸ばして光をつかまえる君が教えてくれた真冬の太陽。暗闇の月そして
ランス そのときこそ大きな声で僕はいおう。
全員 教えてくれてありがとう。気づかせてくれてありがとう。
ランス ぼくは一人じゃない。だから、今は何もないぼくに
全員 君を聞かせて。君のその声で、大好きな、君の声で。
全員元に戻る、そして
ジニア いつの日か、君に聞かせてあげられるだろうか。たとえば今は、僕の声が君に届かなくても、僕は呼びつづける。大切な、君たちの名を。僕がこの命を精一杯生きて翼をはやすその日まで、またあの月がきれいに輝くその日まで。
カーテンコール(ラストで写真を撮る芝居)
黒いリボンのかかった写真(カーテンコールの奴)を持って出てくる孫
その写真は…あの四人のとびっきりの笑顔の写真
イスに写真を立てかけ、部屋を出ていこうとするが、ふと立ち止まってゆか
から何かを拾う。それは…天使の羽だ。
羽を月にかざしてつぶやく
孫 今日も月はきれいだよ…
部屋を出ていく孫
スポットのあたる写真。音楽。
幕
(この脚本を使用したい方はマボさん(mabo-t@wta.att.ne.jp)へメールをお願いします。)