| *COFFEE〜あまくてにがいあじ〜 |
コウイチ、サツキ、男、女、リョウコ、トオル(60分)
(サツキが現れる。舞台薄暗く)
サツキ 昨日忘れたコーヒー、どこに行っちゃったんだろう?ああもう、草だらけ。
サツキ (コーヒーの缶を探しながら)ここ、人こなくて好きだけど、とにかく草、草!諦めて帰って も・・・・あ、あったあった。コーヒー一本にはもったいないくらい苦労したわよ、まったく・・・(と上を見る)
(サツキ、上を見たまま。驚いている)
サツキ ・・・コーヒー・・・!?
(舞台薄暗く、人影が見える。薄暗い中、声が聞こえる)
男 流される。
女 流される。
コウイチ 進むんだ。
サツキ どっちへ?
コウイチ 宝物のある方へ。
トオル 右?
リョウコ 左?
女 前?
男 後ろ?
サツキ 分からない。
トオル 出発は?
リョウコ 今。
コウイチ 掴むんだ。
女 そして、
男 作るんだ。
サツキ 何を?
コウイチ 宝物。
男 行かなければ。
女 宝物のある場所に。
リョウコ 流される。
トオル 流される。
(コウイチとサツキに明かりが)
コウイチ ・・・・・流れてく。
サツキ 何?
コウイチ あまくて、にがい。
サツキ コーヒー?
コウイチ 時間。
(音楽大きく、チャイムの音。舞台明るく)
リョウコ じゃあ他に案はない?展示発表と、学校紹介と・・・・・どれもあんまりぱっとしないけど。
トオル ぱっとしないって何だよ。人が出した案を。
リョウコ だって、面白いと思う?この案。
トオル まあ、そうだけど・・・・・・
リョウコ もう下校のチャイムも鳴っちゃったし、早く帰らないと。
トオル おい涼子、俺にあんなに意見出させておいて、この小説バカはいいのかよ?
リョウコ どうせ聞いてもまともな意見は出てこないと思うけど。
トオル とりあえず聞いて見ろよ。
リョウコ そこの小説読んでる人!なんかない?
コウイチ (小説に夢中で答えない)
リョウコ ちょっと、光一!
コウイチ え?
リョウコ 文化祭の発表、何にするか決めてるのに・・・・小説なんか読まないで!
コウイチ 小説なんか、って・・・結構面白いんだぞ。
リョウコ 時間旅行とか、なんか「ドラえもん」みたいなヤツなんでしょ?
コウイチ バカにするなよ。SF小説は、時代を先取りしてるんだぞ!クローンだって最初はバカにされたけ ど・・・・・おい涼子、聞けよ!
リョウコ 文化祭だって近いんだから。小説なんか読むより、どんな発表するかとか、ちゃんと考えてちょうだい。
コウイチ それはもちろん、昔のSFに見る科学の発達の予測と、これから登場するであろうタイムマシンについて!
トオル はいはい。
コウイチ やっぱり、ダメか?
トオル お前のSF好きにつきあってる暇はないんだよ。
リョウコ なんかまともな意見、ないの?
トオル こいつにまともな意見なんて出せると思うか?
コウイチ ひどいなぁ。僕だってちゃんとした案くらい出せるさ。
リョウコ じゃあ、もう文化祭まで間がないこの状態で、私たち文化祭委員はどんなことが出来ると思う?
コウイチ ・・・・(考えて)・・自転車バザーなんかどうだ?
トオル 自転車バザー?
リョウコ 何言ってるのよ。自転車をいっぱい買い込むほどの予算、学校からはもらえないでしょ。
コウイチ 予算はいらないんだ。
トオル どうして?
コウイチ 木があるんだ。
リョウコ 木?
コウイチ 埋めたものがそのまま実になる、夢みたいなすごい木が!
トオル 小説の読み過ぎだ。バカ。
コウイチ やっぱり信じないか・・・・・でも思い出してみてくれ。前にこんなことがあっただろ?ほら、僕の机の上にコーヒーが置いてあった日・・・・・・
リョウコ コーヒーが?
(舞台暗く、光一に明かりが)
コウイチ 僕の日課は、毎日朝早く学校に来て小説を読むこと。その日も僕は小説を読んでいた。窓のそばに腰掛けて、いつも通りの朝。
トオル あ、光一。
コウイチ ああ、トオル。おはよう。
トオル あのコーヒー、お前のだろ? ちょっと飲んでもいいか?
コウイチ コーヒー?何のことだよ。
トオル お前の机の上にあったヤツ。缶の横に大きい傷があったけど。あれ、おいしいんだよな。
コウイチ 僕はそんなもの買ってない。
トオル 光一のじゃないのか?でもまあ、もらっても構わないよな。どうせ誰かが忘れたんだろ。
コウイチ その時は誰かの忘れ物だと思っていた。もし持ち主が出てきたら、謝ればいい。けれど、その日持ち主は現れなかった。\\\そして、次の日。
トオル ・・・・おい、またコーヒーがあるぞ。
コウイチ 何だ、また忘れ物かよ。
トオル なぁ、これ、見て見ろよ・・・・・・
コウイチ え?
トオル 同じ、傷だ・・・・・・・・
コウイチ その日も持ち主は現れなかった。そして次の朝、またコーヒーは僕の机の上にあった。そして次の次の朝も、そのまた次の朝も、同じ傷の付いたコーヒーが僕の机の上に座っていた。一週間ほどたった日の朝、さすがに僕は不思議に思い、朝早くから学校に張り込んだ。・・・そして僕は、彼女に出 会ったんだ。
(サツキが現れる。そっと、光一の机の上にコーヒーをおく。)
コウイチ おはよう。
サツキ ・・・・・光一くん。
コウイチ 僕のこと、知ってるんだ。
サツキ うん。私、隣のクラスだから。
コウイチ 同じ傷跡のついたコーヒー、毎日おいてたのは君だろう?
サツキ うん。
コウイチ どうして、こんなことを?あんなにそっくりな傷跡、いくら頑張ったってつくはずがない!
サツキ 光一君なら、信じてくれると思ったの。SF小説みたいな、不思議な木のこと。
コウイチ 不思議な木?
サツキ コーヒーが・・コーヒー缶がなってる木。
コウイチ コーヒーがなってる木?なんだそれ。
サツキ ・・・まだ学校が始まるまでには時間がある。一緒に、来てくれる?
コウイチ もちろん!
(二人、客席の真ん前へ行き)
コウイチ ここは・・・・・?
サツキ 草とか、すごいでしょ。みんなが小学生の頃「お化け屋敷」ってよんでた廃屋。
コウイチ そうか、お化け屋敷の庭なのか。
サツキ そう。そしてこれが・・・・・・
(二人、上を見上げる)
コウイチ ・・・・何だよ。これ・・・。
サツキ 私にも、よく分からないの。
コウイチ 夢じゃ、ないのか・・・?あそこにも、ここにも、コーヒーだらけ!ほんとに、小説みたいだ!
サツキ でも、本物なの。私だって夢だと思った。でも、目をこすっても、寝て起きても、この木は消えない の。
コウイチ 誰だって夢だと思うさ!同じ傷跡のついたコーヒーの缶が何個も何個も木の枝になってる!あの缶 も、あの缶にも、そっくり同じ傷が付いてる!ほんとに、夢みたいだ!
サツキ 信じられないでしょう?
コウイチ 信じられない。でも、信じるよ。これ、一個飲んでもいいだろ?
サツキ うん。
コウイチ コーヒーの・・・・コーヒー缶のなる木なんて初めてみたよ。二十本・・・・・いや、三十本くらいあるんだな。ずっとあこがれてたんだ。小説みたいに不思議なことが、この世界にあったらって。 (と、見て回り)どれ飲もうかなあ・・・ほんとにみんなそっくりなんだな。
(コウイチ、木からコーヒー缶をもぎ取り、飲む。)
サツキ ねえ、光一君。
コウイチ ん?
サツキ この木、どうして出来たんだと思う?
コウイチ どうしてって、どういう風にってこと?
サツキ うん。どうして突然こんなことになったのか。
コウイチ 何で僕に聞くんだ?
サツキ 何か、SF小説にこういう木、出てこないのかなって思ったの。そしてこの原因が突き止められれば すっきりするでしょ。
コウイチ じゃあ、この木の根本を掘ってみよう。
サツキ ねっこ?掘ってどうするの?
コウイチ 漫画とかでよくあるだろ。埋めたものとそっくりなものが実になる木。
サツキ そういえば・・・・・小学生の頃に読んだ小説にお菓子のなる木が出てた。
コウイチ 「ナルニア国ものがたり」だろ?僕も課題で読まされた。
サツキ 私・・・・・夢見てるのかなぁ?
コウイチ いいや、これは物語じゃない。本物だ!
リョウコ ちょっと待ってよ。今しゃべってるのは、本当の話なわけ?漫画とかの話じゃなくて?
コウイチ もちろん。
トオル やっぱり、こいつに案を求めた俺達が間違ってたんだよ。
リョウコ 似たような傷がついたコーヒー缶が置いてあったからって・・・・・話が飛びすぎるのよ。光一は。
コウイチ 「似たような」じゃない。「同じ」傷だったんだ。トオルだって見ただろ?あのそっくりな傷。
トオル そりゃあ、確かに不思議だった。でもそんな漫画みたいな話が本当にあると思うか?
コウイチ 本当にあるんだよ!あれは不思議な世界の、序章なんだ。僕たちが作って行くんだよ。わくわくするような第一章を。
リョウコ 小説の話はいいから、ちゃんと説明して。その木がどうして自転車バザーにつながるのか。
コウイチ トオルの持ってる自転車があるだろう?今売れてる、折り畳み式自転車。
トオル ああ、結構高いんだよな。俺だって貯金はたいて買ったんだ。
コウイチ みんなには手が届かないようなシロモノなんだろ?
トオル ああ。俺以外に持ってるヤツなんて見たことない。みんな欲しがってるだろうなぁ・・・・・・っ て、コウイチ、まさかお前・・・・・
コウイチ その、まさかなんだ。
リョウコ トオルの持ってる自転車を埋めるの?
コウイチ 二十台くらい作ろう。そしてすっごく安く・・・・・1000円くらいで売るんだ。
リョウコ でも、それって「作れたら」の話でしょ?
トオル そうそう。お前が小説の読みすぎで幻覚を見たってこともあり得るからな。
リョウコ あり得るって言うより、どう考えたって幻覚よね。
トオル あとは、俺らをだまそうとしてるとか。
リョウコ だましかたが相当子供っぽいけど。
コウイチ どうしても、信じないんだな?
リョウコ だって・・・・ねぇ。信じられないよ。そんな簡単に。
トオル その木を見せてくれたら、気が変わるかも知れないけどな。
リョウコ あとは、その木を見つけたって言う子に会わせてくれるとか。
コウイチ 分かった。
トオル おい、お前本気かよ。
コウイチ 今、何時だ?
リョウコ 五時半。
コウイチ じゃあまだ木のところにいると思う。木も見られるし、上原にも会える。
リョウコ うえはら・・・・上原さんって言うんだ。その子。
コウイチ 隣のクラスの、上原さつき。あんまり目立つ子じゃないみたいだけど。
トオル 今から行くのか?
コウイチ ああ。
(サツキ現れる。)
コウイチ やっぱりここにいたんだ。
サツキ うん。好きなのよ。この庭。静かで、落ち着くから。(リョウコたちを見て)誰?
コウイチ クラスの文化祭委員の仲間だ。トオルと、涼子。
リョウコ (サツキに)ねえ、コーヒーのなる木があるって本当?
サツキ (光一に)教えたの?
コウイチ もったいないと思ったんだ。こんなに不思議で、面白いことをこのまま放っておくなんて。
リョウコ 光一みたいなSFバカとは違う意見を聞きたいの。・・・本当にあったの?
サツキ うん。確かに見た。でも・・・・・夢だったのかも知れない。今思うと。
トオル え?だって今もあるんだろ?その、コーヒーがなる木。
リョウコ それとも、やっぱりないの?
コウイチ 木は、あるんだ。
トオル 何だ。だったらさっさと見せてくれよ。
コウイチ 木はあるけど・・・・・・
リョウコ 問題でもあるの?
サツキ コーヒーが、ないの。
リョウコ え・・・・・?でも、コーヒー缶が二十本も三十本もぶら下がってるんでしょ?
コウイチ 本当にその時はいっぱいぶら下がってたんだ。でも、僕がねっこを掘って、埋まっていた缶を取り出したら全部落っこっちゃったんだ。
トオル いいわけはいいから、その木がどこにあるかを教えてくれよ。コーヒーがなってなくても、 不思議な木なんだろ?
サツキ (トオル達の後ろを指さして)これよ。
リョウコ ・・・・・どれ?
トオル 不思議そうな木なんて一個もないぞ?
コウイチ 信じてもらえないかも知れないけど、本当にこの木からコーヒーがぶら下がってたんだよ!
リョウコ だってこの木、どこにでもありそうな木じゃない。こんなので人をだまそうと思ってるわけ?
コウイチ だまそうなんて思ってない!
トオル じゃあ、なっていたコーヒーを見せてくれよ。とってあるんだろ?
サツキ (光一に)信じてもらえないんじゃない?
コウイチ 信じてもらえる。上原、あのコーヒー、とってあるんだろ?
サツキ うん。廃屋の隅に重ねて置いてある。
コウイチ 分かった。・・・今持ってくるから。
(コウイチ、コーヒーの缶をいっぱいかかえて戻ってくる)
コウイチ これだよ。
リョウコ 本当にそっくり・・・・・・!
サツキ 私が持ってるこれが、木の根本に埋まってたヤツなの。ほら。(と缶を渡し)
トオル そしてこっちが木になってたコーヒー缶か・・・確かに同じ傷だよな。
リョウコ これも、あっちのも、みんなそっくり同じ傷よ!
トオル やっぱり、おかしいよな。ここまでそっくりだと。並べてみても、同じ場所に同じように傷がついてる。
サツキ これが木にぶら下がってたの。コーヒーが木から落ちちゃった後も、これを見るたびに「夢じゃな かった」って思うのよ。
コウイチ (トオル、リョウコに)なあ、信じてくれるだろ?
リョウコ (トオルに) どうする?SF男のたわごとを信じて、自転車を埋めてみる?
サツキ 自転車?
コウイチ 自転車バザーをやろうと思ってるんだ。この木をつかって、自転車をいっぱい作るんだ!
リョウコ 本当に出来たら、きっと大繁盛するわね。
トオル おいリョウコ、俺の自転車をギセイにするつもりなのか?
リョウコ 犠牲じゃないかも知れないわよ。あたし実は嫌いじゃないのよね。こういうバカみたいな話。
コウイチ とりあえず、だまされたと思って協力してくれよ。
トオル 埋めた後、必ず掘り出すか?
コウイチ もちろん。
トオル 土が付いてたら、お前がきっちり洗うんだぞ。
コウイチ 分かってる。
リョウコ じゃあ決を採ります。自転車バザーに賛成の人!
(涼子、光一、 手を挙げる。トオルも、後から手を挙げる)
リョウコ じゃあ、決定!これから忙しくなるわね!
(蝉の声。四人は地面を掘っている。)
トオル 埋めてみることにしたけど・・・・・けっこう・・・・・・キツいな。
リョウコ そうね、かなり深く掘らないと。
トオル どれくらいで実になるんだ?
サツキ 私がコーヒーを落としたとき、次の日には木はコーヒーだらけになってた。
リョウコ じゃあ今日埋めて、文化祭当日にまた集まって運び出すことにする?
トオル いいんじゃないか?ダメで元々なんだし。学校紹介の展示とかも用意してあるんだろ?
リョウコ その辺はまかせて。ちょっといい加減だけど、一応展示は出来る。(掘りながら)それにして も・・・
コウイチ 暑いよなぁ・・・・・
サツキ 当たり前よ。夏だもん。
リョウコ まだ九月のはじめだから、暑いのもしょうがないでしょ!だいたい光一が言い出したことなんだか ら、文句は言わないの!
コウイチ 分かりました。文句を言わずにやりますよ。
トオル なあ、さっきから気になってるんだが・・・
サツキ 何が?
トオル あいつら、誰だ?
(物陰から男と女が様子をうかがっている、光一、会釈をする)
コウイチ あ、ええと、こんにちは。暑いですね。
女 え?ああ、そうね。暑いわね。
男 一体何をしているんだい?こんな暑い中、穴なんか掘って。
コウイチ 物語の第一章を自分の手で始めようと思ってるんです。
トオル 何言ってんだ、初対面の人たちに。・・・・すいません。こいつ、SFバカなんですよ。
女 SFバカだって。
男 まだ確定できないだろ。チャンスは一度しかないんだから、慎重にやらないと。
サツキ あの・・・・何の話ですか?
男 いや、なんでもないんだ。ところで君たち・・・・・どうしてそんなところに穴を掘ってるんだ?
トオル 自転車を埋めようと思ってるんです。
女 自転車?埋めてどうするの。
リョウコ 文化祭で自転車バザーをやろうと思って、それで。
男 バザーをやるのに、自転車を埋めちゃうのか。
リョウコ 賭みたいなものなんです。この世に小説みたいな不思議なことがあるのかって。
女 事実は小説より奇なりって、よく言うけど・・・・・・
トオル やっぱり、おかしいですよね。 自転車を埋めてるなんて。
男 それもまだ新品じゃないか。もしかして何かの証拠物件なのか?殺人犯に手を貸して、逃がそうとしてるとか。
コウイチ そんなことないですよ。
女 そりゃあそうよね。この人、小説バカなの。
リョウコ (光一に)あんたと同じね。
コウイチ うるさいな。
女 あら?ねぇ・・・・・あれ。
男 コーヒーだ!
トオル あの、何か?
男 いや、何でもない。
女 間違いないわ。この木。
男 そうだな。全部ここから始まったんだ。
リョウコ (光一に)変な人。
コウイチ (涼子に)ああ。
女 文化祭って、いつなの?もしよければ行ってみたいんだけど。
サツキ 一週間後の、日曜日です。
男 (女に)文化祭のとき自転車バザーなんてやったか?
女 私たちの時とは違ってきてるのかも知れないでしょ。
コウイチ うちの学校でも初めてなんです。 古本バザーとか、制服バザーとかはやったことがあるんですけど。
女 そう、そうよね。私たちの頃も、文化祭では古本とか制服とかだけだったわ。
男 どうもよく分からないんだ。君たちは自転車バザーをやろうとしている。なのにどうして自転車を埋めてるのか。
トオル いや、実はこのSFバカが言ったことなんです。この木は・・・・・・
サツキ (遮って)さっき言ったでしょう、賭なんですよ。
トオル 上原、俺がしゃべってるんだぞ!
サツキ (トオルに) いいから黙って!
女 何か重大な秘密でも?
サツキ そんなこと、ないです。ただ・・・願掛けみたいなものだから、他の人に言っちゃダメなんです。
リョウコ え?他の人に言っちゃダメだったの?
コウイチ そうなのか?上原。
サツキ だから今は言えないんです。すみません。こんなくだらないことなのに・・・・
男 いや、いいんだ。願掛けならしょうがない。
サツキ すみません。
女 文化祭は日曜日なんでしょう?その日になったら教えてくれる?この木の秘密。
サツキ え・・・・・?ええ。
男 そろそろ行くか。
女 そうね。じゃあ、また。
(男、女去る)
リョウコ 不思議な人たちだったね。
トオル ああ。
コウイチ みんなほら、手を動かさないと。
(四人、再び掘り始める)
サツキ ・・・・ねえ、みんな。
コウイチ ん?
サツキ この木は、私たちが守らないといけないと思う。
トオル 何の話だ?
サツキ さっきの人たち、何か知ってるみたいだった。・・・この木を、ねらってるみたいな。
コウイチ それは僕も思った。なんか、スパイみたいな感じだったよな。
リョウコ 考え過ぎよ。上原さんまで光一の小説バカに毒されちゃってるのよ。きっと。
トオル ほんとに光一はすぐに「スパイだ」とか、「UFOだ」とか・・・伝染病だな。ここまでくると。
コウイチ その言い方はさすがにひどいんじゃないか?
トオル だって事実だろ。
コウイチ そりゃあ・・・そうだけど。でもさ、この木に関してはちゃんと理屈が通ってるんだぞ。
リョウコ へえ、どんな?
コウイチ 考えても見ろよ。この木が一本あれば、何だって自由に作れるんだ。コーヒーだって自転車だって、ダイヤモンドだって。
トオル そうか、それを売れば、一躍大金持ちになれるって訳だ。
コウイチ その目的のためにこの木を狙う組織があったっておかしくないだろ?
リョウコ また出てきたわよ「組織」とか。
コウイチ 僕は真剣なんだよ!
トオル なあ、自転車バザーで売るんじゃなくて、もっと高く売りつけたらどうだ?そしたら俺達も金持ち に・・・・
リョウコ ダメよ!バザーで売って、学校を通じてユニセフに寄付。あたしは共犯者になるのなんか嫌ですからね。
トオル はいはい、分かってるよ。ちょっと言ってみただけだって。
コウイチ 相当深くなったな。もう自転車を埋められるんじゃないか?
サツキ 大丈夫そう。じゃあ、埋める?
トオル (光一に)ちゃんと、後で洗って返すんだぞ。
コウイチ 分かってるって。
リョウコ ほんとに一週間後、自転車がぶら下がってるのかなあ?
コウイチ ダメでもともと、だろ?
サツキ じゃあ、埋めよう。
(四人、自転車を埋める)
トオル 絶対キレイに洗えよ。
コウイチ そんなに何度も言うなよ。
リョウコ なんだか・・・・あっけないわね。
トオル そうだな。
リョウコ あ〜あ、疲れちゃった。
サツキ 帰るの?二人とも。
トオル ああ。うちに帰ってクーラーに当たってくる。このままじゃ死んじまう。
リョウコ 上原さんと、光一は?
サツキ さつきでいいよ。
リョウコ どうするの?帰るんだったらいっしょに・・・
コウイチ 僕はもうちょっとここにいるよ。
リョウコ 上原さん・・・・じゃない、さつきは?
サツキ 私ももう少しここにいる。
トオル じゃあ俺ら、先に帰ってる。またここに集まるんだろ?
コウイチ うん。一週間後の日曜日、朝早くに。
トオル 分かった。展示発表に期待してる。
リョウコ ダメだったらダメでいいのよね。
コウイチ まだ信じてないのか?
リョウコ 半信半疑ってヤツよ。じゃあ、あたしたち帰るから。
(二人去る。)
サツキ 自転車バザー、か。
コウイチ なにか不満でもあるのか?
サツキ この木、外に出すべきものだったのかなあ?
コウイチ え?
サツキ さっき光一君が言ってたみたいなことが本当に起こったら?誰かがこの木を悪用しようとしたら?
コウイチ それだったら、僕たちの前にとっくに誰かがやってるよ。この木を最初に見つけたのは僕らだし、僕らしか知らないんだ。この木のことは。僕たちの木なんだよ!
サツキ 私達の木、か。
コウイチ まだ何か気になるのか?
サツキ 私ね、この木のこと秘密にしようかと思ってたの。
コウイチ どうして?!こんなに不思議で、素敵なことなのに。
サツキ なんか、ね。本当にこんな木があっていいのかって。
コウイチ いいじゃないか。僕たち以外の誰が知っているわけじゃないし。
サツキ そうよね・・・・普通、信じないよね。
コウイチ 目の当たりにしない限りはね。
サツキ 帰る前に、コーヒー、飲んでく?
コウイチ うん。一本もらうよ。
(蝉の声、大きく。そしてまた小さくなっていく。いつの間にかトオルが立っている)
コウイチ 涼子のヤツ、遅いなあ・・・・・・
トオル 「朝早く」、「遅れるな」って学校で何度も言ってたくせに。上原、お前の携帯で電話かけたらどうだ?
サツキ きっといろいろ忙しいのよ。展示の用意とか。もうちょっと待ちましょ。(コーヒーを取り出し、トオルに)飲む?
トオル いや、いい。さすがに連続三本も飲むと腹がおかしくなりそうだ。
サツキ まだ十五本くらい残ってるんだけど。
トオル あれ・・・・気のせいかなあ?俺が前に見たときより傷が増えてないか?
コウイチ でも、全部同じ傷のままだ。
トオル 気のせいかなあ・・・・・?俺が前に見たときには、こんなところに傷はなかったと思うけど。
サツキ この木、まだ私たちに分からないことがたくさんあるから。気にするほどのことでもないんじゃな い?
コウイチ なあ・・・僕たちだけで先に確認しちゃわないか? 自転車がぶらさがってるか、ぶら下がってない か。だいたい涼子は来るのが遅・・・・
(涼子、走ってくる)
リョウコ 抜け駆けはなし!みんなで一緒に見に行くのよ!
トオル 遅かったな。
リョウコ 展示の準備をしてたの!万が一自転車バザーが出来たときのことも考えて場所は大きく空けておい た。
コウイチ 「万が一」って・・・・・
リョウコ この目で見るまでは、やっぱり信じられないわよ。ええと・・・これよね。庭への入り口。
サツキ 開けて、いい?
トオル ああ。
リョウコ 拍子抜けする準備は万端よ。
コウイチ こっちは、運び出す準備が万端だよ。
サツキ じゃあ、開けるわよ。・・・・3、2、1・・・・
(扉を開ける。全員、木を見上げる)
リョウコ な・・・・・何?これ・・・・!
トオル 夢、か?
コウイチ 夢? 違う!見えるんだろ? 涼子も、トオルも、 さつきも、 見えるだろ?
サツキ やっぱり、 夢じゃなかったのよ!
リョウコ 早く・・・・早く取りに行かなきゃ!
トオル 俺の自転車だ!あそこにあるのも、ここにあるのも、 全部俺の自転車にそっくりだ!
リョウコ ここで目が覚めたり、しないよね?
コウイチ 目は覚めてるんだよ!文化祭がもうちょっとで始まるんだ。はやく、取りに行かなきゃ!
トオル 二十台・・・・もっとあるのか?
サツキ とりあえず自転車を下におろさないと。今にも枝が折れそう。
コウイチ コーヒーがぶら下がってるのを見たときより、すごいや・・・・・!
リョウコ はやくはやく!踏み台持ってきて!
コウイチ 片っ端から運んでいこう。
トオル ほんとにあるんだな?近寄ったら消えたりしないよな?
コウイチ 嘘だと思うなら確かめて見ろよ。ほら!(と、トオルの手を引っ張り)
トオル 埋めたものが、実になる木。・・・・・本物なんだ!
サツキ 夢の木なのよ。物語の中だけだと思っていたものが、やっぱり本当にあるのよ!
コウイチ (自転車を担ぎ上げながら)折り畳み自転車って言っても、結構重いんだな。おいトオル、手伝え よ!
トオル あ、ああ。
コウイチ 何だ、まだ信じられないのか?
トオル 信じる。信じるけど、今は驚いてるんだ。
リョウコ 驚いててもいいから手伝ってよ。あたしだって驚いてるけど、ちゃんと運んでるんだし。
サツキ 一台、二台・・・・・これで十台ね。
トオル この夢みたいな木が、俺達のものなんだ。俺達だけのものなんだよな!
コウイチ もう半分くらい収穫したか?
トオル ちょっと待て、数えていいか?一、二・・・・
リョウコ 何台ある?
トオル 木には、十三台。だから二十三台だ!
コウイチ よし、(運びながら)これで十三台、 残りもさっさと収穫して、学校に持っていこう!
トオル 学校に持っていく前に、ちゃんと掘り出せよ。俺の自転車。
コウイチ 木になったヤツじゃダメなのか?そっくり同じものなのに。
トオル 貯金はたいて買った分、思い入れがあるんだよ。
リョウコ じゃあ、先に十台運んどく。
サツキ 大丈夫? 十台も。
リョウコ 引っ張っていけばいいから。どうせ学校まで三分くらいだし。
トオル あいつ、意外と怪力なんだな。
コウイチ まあ、車輪付きだし、無理なことじゃないだろ。(地面を掘りながら)
サツキ なんだか、私たち、物語の中にいるみたいね。
トオル 物語か。
コウイチ もしこれからまた不思議なことが起こるとしたら、どんなことだろうな。
トオル これからさらに不思議なことが起こるってことは、無いだろ。
コウイチ どうしてだよ。これが小説なら、まだほんの始まりの段階だぞ。
サツキ このままいくと、クライマックスがあるはずだって言いたいの?
コウイチ ほら、「起承転結」ってあるだろ。
トオル きしょうてんけつ?ああ、四コマ漫画のヤツか。
コウイチ 不思議な木を見つけただろ、そしてそれを文化祭に使うことにした。ここまでで起承転結の「起」と「承」になってるわけだ。
(歩いている涼子、男、女と出会い、会釈をする)
トオル じゃあこれから「転」が起こるのか?
サツキ 突然の殺人事件とか?
コウイチ それは行き過ぎだろう。僕だったら・・・・前会った人たちが、この木を奪ってしまうとか。
(男、女、 すれ違いざまに涼子の手をねじりあげ、口をふさぐ。涼子はそのまま引きずられていく。)
トオル 「組織」の回しものって設定か?
コウイチ そして僕らは彼らと全面対決!
サツキ それも相当行きすぎてると思う。
トオル (自転車を運びながら)最後の一台だ。そっちは、掘り終わったか?
コウイチ 思ったより汚れてないんだ。確かそこにホースが・・・・(タオルを出して)あと、タオル。と。
サツキ ほんとだ。水かけただけでだいぶキレイね。(拭きながら)こんな感じでいいんじゃない?
トオル うん。まあ、こんなもんだろ。
コウイチ じゃあ僕たちも売りに行こう。そう言えば涼子、遅いな。
サツキ そのままバザーを始めてるんじゃない?
コウイチ それもそうだな。じゃ、行くか。(扉を開け、歩き出し)あれ?
トオル 何で自転車、置きっぱなしなんだ?
サツキ 重すぎたのかなあ?やっぱり。
コウイチ トオル、それ、引っ張ってってくれるか?
トオル 分かった。
(チャイムの音、遠く聞こえる。)
サツキ あ、文化祭が始まる!
コウイチ 急ごう!
(舞台暗く、光一に明かりが)
コウイチ さてみなさん、ここに並んでいるのは、最近人気の折り畳み自転車。限定二十三台です!それをこの文化祭では、一台千円で売らせていただきます!どうしてそんなに安いのか、それは聞かないでください。え?いや、盗品なんかじゃありません。このバザーの収益金は、学校を通じて
すべてユニセフに寄付されます。みなさんどうぞ!
(舞台明るく)
トオル 光一、お前、客寄せうまいな。
コウイチ 見ろよ、こんなにいっぱいお客が来てるんだ。安いですよ!みなさんどうぞ!
サツキ ちょっとトオル、そんなとこに突っ立ってないで手伝ってよ!
トオル 悪かったな。何やればいいんだ?
サツキ そこそこ。(机を指して)収益金の整理とかやってて。
トオル 今どれくらい売れてるんだ?
サツキ 飛ぶように売れてるの。もうあと二台しか残ってない!
コウイチ 後二台!二台になりました!・・・なあ、涼子見かけなかったか?
サツキ ううん。さっきからずっといないの。
トオル どこに行ったんだろうな。
(男、女がやってくる)
男 売れてるみたいだね。
コウイチ あ、こんにちは。来てくださったんですね。
女 ねえ、この自転車、どうやって集めたの?
サツキ 知人がいっぱい持ってたんです。そして、安く売っていいって言うから。
男 じゃあ、あれはどうしたんだ?木の下に埋めていた、あの自転車は。
コウイチ 掘り出しましたよ。ほら。(と、自転車を指さす)
男 埋めて、掘り出しただけか?
サツキ おまじないみたいなものですから。願掛けを、したんです。
女 何か隠してない?
サツキ いいえ。
トオル 俺、ちょっと涼子探しに行ってくる。
(トオル去る)
コウイチ 分かった。あ、あの、この前僕たちと一緒にいたもう一人の女の子、どこかで見ませんでしたか?
女 その前に答えて。あなたは上原さつきで、そっちの男の子は光一君よね?
サツキ ええ、そうですけど・・・・・
男 そしてもう一つ答えてもらいたい。君たちが根っこのあたりを掘っていたあの木について。
サツキ ・・・・・・。
男 「夢の木」だろう?
コウイチ おい・・・・これってもしかして、起承転結の「転」なのか?
サツキ あの木は私たちが見つけたんです。あなた達は・・・・あれをどう使うつもりなんですか?
女 じゃああやっぱり、あの木なのね?
サツキ 出来れば、あの木のことはもうあんまり知られたくないんです。私たち以外には。
男 それは安心していい。私たちがあの木を知っているのは、当たり前のことなんだから。
コウイチ 何かに、必要なんですか?
女 あなた達のために、必要なのよ。私たちはあの木を持って帰らなければ行けないの。
コウイチ 持って帰る?あれは僕たちの木だ!
サツキ あんまり知られたくないって、言いましたよね。
男 ということは、答えは?
サツキ いやです。
女 (男に)こういう強情なところ、私にそっくりだと思わない?
男 ああ、そりゃあ、似てる。想像はついてたんだよ。だから手荒なまねをしなくちゃならなかった。
サツキ 手荒なまね?どういうことですか。
女 ねえ、あなたはあの木のこと、秘密にして置くつもりだったんでしょう。
サツキ ・・・・・・。
女 なのにどうして涼子や、トオルがあの木のことを知っているの?
コウイチ 僕が言ったからですけど。
男 やっぱり、変わってきてるんだな。
女 そうね。
コウイチ (サツキに)何だ?何がどうなってるんだ?
サツキ 私だって知らないわよ!
女 ちょっとだけ教えてあげる。本当はあの木、燃やされてるはずだったのよ。
コウイチ あの木を燃やす?どうして。
男 あの木を、僕たち以外の誰かが悪用したら困るからね。
サツキ 私達、悪用なんかしてません!
女 知ってるわ。
男 でも、ある意味では悪用している。
女 そうね。いつのまにか、ね。
コウイチ あの木を悪用している?僕たちが?
男 そうだ。君たちがだ。
(トオルがやってきて)
トオル ダメだ!全然見つからない。あの野郎、どこに隠れて・・・・・って、何やってるんだ? 二人とも。
コウイチ ちょっと、訳が分からないんだ。こっちも。
トオル 客が騒いでるぞ、「早く売れ」って。抽選かなんかにしないと・・・・
サツキ もう一度聞きます。涼子、見ませんでしたか?
女 彼女の物語の「転」は、あなた達より一歩早かったのよ。
コウイチ まさか・・・・・涼子を殺したのか?
トオル 何言ってるんだ、小説バカ。
男 (笑いながら)さすがの私も友達を殺したりは出来ないよ。でも、やっぱりあの木が・・・宝物が欲しいんだ。
サツキ 友達?
女 そうよ、大切な友達でしょ?・・・・お客さん達のじゃまね。ここにいると。
男 バザーが終わったら、あの木のところへ。
(男、女が去る。)
トオル おい、いったい何だ?何がどうなってるんだ?
コウイチ いや、僕にもいまいちよく分からないけど。
トオル 結局あの人達は何なんだ?
コウイチ 少なくとも、涼子があの人達に誘拐されたってことは間違いないみたいだ。
トオル 誘拐?
コウイチ 今のところ危害を加えるつもりはないみたいだけど。
トオル 誘拐って言ったら・・・・・早く先生に知らせないと!
サツキ 「友達が謎の男と謎の女の二人組に誘拐されました」っていうの?
トオル ・・・・信じてもらえそうにないな。
コウイチ 涼子のことを友達だって言ってた。でも涼子は知らなかったみたいだし・・・・・
トオル あいつらは、つまり何を欲しがってるんだ?
コウイチ 木だよ。
トオル 俺達の、あの不思議な木か?
サツキ あの人達・・・・・・私や光一くんの名前を知ってた。
トオル そりゃあ気づくんじゃないか?名前で呼び合ってるんだから。
コウイチ それに、あの木のことも知ってたんだよ。「夢の木」って。
トオル ・・・それはおかしいな。
コウイチ だろ? 僕たちの前にあの木を見つけていて、何かに使いたかったんならその時使えば良かったんだ。なのにどうして今頃?
サツキ 何かおかしいの。あの二人、私たちのことを知ってるみたいだった。それもすごく詳しく。
コウイチ 客がすごいな。どうする?
サツキ とりあえず、残りの二台を売っちゃわないと。
トオル 待て、売るな。
サツキ どうして?
トオル これに乗っていけばいいだろ。三人で涼子を探すんだ。
サツキ 探さなくても、いるところはあの木のところって決まってるのよ。
トオル それでも、早く行った方がいいだろ?
コウイチ それもそうだな。
サツキ ちょっと乗ってみてもいい?私、こういう自転車に乗るの初めてだから。
トオル いいよ。
(サツキ、自転車に乗ろうとするが、倒れる。)
コウイチ おい、大丈夫か?
サツキ やっぱり難しいのね。普通の自転車より。
トオル おい上原、これ・・・・・
サツキ やだ、傷つけちゃった?ハンドルのところ。
トオル そんなことより・・・・・見て見ろよ。
コウイチ ちょっとの傷じゃないか。気にするなよ。
トオル 俺のじゃなくて、売ろうとしてるやつ。ほら!
サツキ これも・・・こっちも同じ傷が付いてる!さっきまでこんなところに傷なんてなかったのに!
コウイチ トオルの自転車に、傷が付いたからなのか?
トオル 試してみよう。さっき俺のカッター使ってたよな。それだ!机の上にあるやつ。
サツキ これ?
トオル ああ。
(トオル、自転車にカッターで少し傷を付ける。)
コウイチ ついた!こっちにも同じ傷が付いた!
トオル じゃあやっぱり、本体に何か変化があれば、コピーも同じように変わるってことか・・・
サツキ 朝飲んだコーヒーの謎が解けたわね。あの中に混ざってた「本体」に、傷が新しく付いたのよ。だからみんな同じように・・・・
コウイチ 待てよ。コピー同士ではこんなこと起こらないよな。
サツキ やってみる?
トオル じゃあ、キズ。つけるぞ。(傷を付け)どうだ?
コウイチ 大丈夫だ。変わってない。
トオル ・・・おい、ちょっと待て。本体に変化があるとコピーも同じように変わるってことは・・・俺の自転車が事故にあったら・・・・・・?
サツキ 売った自転車全部が、ぺちゃんこだわ!
コウイチ 販売を中止しよう。そして早く木のところへ行かないと!
(三人うなづき、去る。涼子、男、女が現れる)
男 これで僕らも悪人だな・・・・・
女 そうね。誘拐犯だわ。
男 ・・・・・・なつかしいな。この木。
女 ええ。全部懐かしいわ。この木だけじゃなくて、この庭も、この夏も。
リョウコ ・・・・あなたたち、いったい何なんですか。突然あたしを殴りつけて、何する気なの!
男 何もしない。僕たちは・・・・ただの小説バカだよ。
女 宝物が欲しくて、遠いところからここに来たの。
リョウコ 宝物って、この木のこと?
男 そうだ。でも・・・・・・分からない。本当のところは。
リョウコ これが欲しいなら、今持っていけばいいじゃない。あたし一人じゃどうせ止められないんだから。絶好のチャンスよ?
女 ちょっと、考える時間が欲しくなったのよ。
リョウコ 何を?
男 僕たちが宝物を取りに来たのか、それとも無くしに来たのかってことだよ。
女 取りに来たのよ。そして、無くしに来た。
男 自分が自分から、大切なものを奪う。変な気分だな。
女 涼子も、巻き込んじゃって、ごめんね。
リョウコ ねえ・・・・あなた達、誰なの?
男 小説バカなんだ。そう、バカなんだよ。
女 涼子、少しだけ私の話を聞いてくれる?ちょっとした、おはなし。
リョウコ え?ええ。
女 漫画や、小説に「タイムマシン」ってあるでしょう?あれを本当に作れたら、すごいわよね。
リョウコ 光一が・・・・あたしと一緒にいたSFバカの子が聞いたら喜びそうですけど。
女 タイムマシンが普及して、みんなが時間旅行できたら。漫画みたいな世界を少しでも体験できたら。
男 そう、それが始まりだったんだ。漫画みたいに、恐竜時代から未来まで、好きに行き来できると思っていた。でも途中で気がついてしまったんだ。
リョウコ 気がついた?
女 考えてみて。もし未来から過去をのぞけば、もうそれは未来につながらなくなる。「何も知らなかった」ときの未来と、「未来を知った」後の未来は全く別物になる。過去をのぞいた瞬間、その過去はもう、今までの未来につながるものではなくなってしまう。
男 つまりこういうことなんだ。未来から過去をのぞいたら、その未来と、過去は切り離されてしま う。・・・ここに、時間の流れが一本の線みたいになって流れているとしよう。もし未来から過去をのぞいたら、その過去は流れを変えてしまう。
リョウコ でも、過去は変わらないかも知れないじゃない。
男 未来から人が来るってことはそれだけで大きな変化なんだ。いないはずの人間がそこにいることになる。
リョウコ じゃあ、過去をのぞいただけでもその過去は流れを変えてしまうの?
女 そうよ。そして過去が流れを変えてしまったら、その先にあった未来はどうなると思う?
リョウコ まっすぐに時間が流れてて、それが途中で曲がったら・・・・・・その先の流れは切り離されちゃうじゃない!
男 分かっただろう?未来から過去をのぞいたら、その世界は今までの流れから切り離されて、全く別の架空の世界になってしまう。過去は何も変化しないかも知れない。未来の世界も、変わらないかも知れない。でも確かにその世界は過去を失うんだ。みんなの記憶も、そこにあったものもそのまま。でも、二つは切り離されて、確かに過去を失うんだ。
女 そして過去の世界は、あるはずだった未来を失うの。そう・・・・そう言うことなの。
リョウコ 未来から過去をのぞいたら・・・・ってことは、過去から未来をのぞいたら?
男 同じことだ。僕たちと君たちみたいに切り離されてしまう。
女 一度だけのチャンスを、宝物のために使うことにしたの。
リョウコ 一度だけ?
男 未来から過去をのぞいたら、過去と切り離されるんだ。架空の世界・・・パラレルワールドになってしまう。過去をのぞいて、戻ってきた瞬間からその世界が始まったことになるんだ。チャンスは一度だけだよ。未来に戻ったら、過去は消えてしまうんだから。
リョウコ 過去が消えるかどうかどうやって確かめるのよ。過去が変わらなければ同じ未来に行き着くかも知れ無いじゃない!
女 過去は必ず変わるの。未来から人間が来たことそのものが変化なの。それに・・・過去はもう変わってしまってるわ。
リョウコ どういうこと?
男 君は、この木の秘密を知っているだろう?
リョウコ ええ。SFバカから教えてもらったから。
女 それが証拠だわ。過去は流れを変えて、私達は過去を失ったのよ。
リョウコ これは、物語なの?
女 さあ・・・・・ね。
リョウコ 宝物を見つけたのは?
女 コーヒーを落とした、次の日。
リョウコ さつきがあの木を見つけたのも、コーヒーを落とした次の日だった。
男 もし僕たちが君らだったら、木を金儲けのために使おうとする大人達に必死で反抗しただろう。
女 パラドックスね。流れに沿って流れていった自分の姿を憎みながら、いつの間にか自分も流されている。私、この木が悪用されないようにってあんなに思ってたのに。
男 僕たち以外の誰かがこの木を悪用しないように、せっかくこの木を燃やしたのにな。今になって自分を裏切っている。
女 流されて、画なされて、結局一番なりたくなかった人間になっちゃった。
男 そしてまだまだ流されていく。
リョウコ 何が、流れていくの?
男 時間。
リョウコ あたし、本当にタイムマシンを作っちゃいそうな人を一人だけ知ってる。SFバカで、後先考えず行動する人を、一人だけ知ってる。
男 偶然だね。僕みたいな人だ。
リョウコ 「あなたみたいな人」じゃない。あなたなんでしょう?
女 (笑って)いやだ、あなたもそのSF好きの子に 毒されているんじゃないの?
リョウコ 不思議なことって、あるのよ。あり得ないはずのことが起きてるの。あたし達の周りで。
女 私たちが未来からやってきたとでも言うの?
リョウコ 違うの?
男 面白いね。そうだったら。
リョウコ 今更隠すならどうしていろいろしゃべったりしたの?
女 あれは・・・・・おはなしよ。ちょっとだけ喋りたくなった、ただのお話なのよ・・・・
(さつき、光一、トオルが飛び出す)
コウイチ みなさん!自転車バザーは終わりました。自転車バザーは終了です!
サツキ ・・・・・すごい人混み。どうしようもないわね。動けないくらい。
トオル 光一、もっとちゃんと言えよ!
コウイチ これでも頑張って言ってるんだよ。バザーは終了しました!みなさんここから離れてください!
サツキ あ、光一君。
コウイチ 何だ?
サツキ 携帯電話にメールが入ってる。・・・・涼子から。
コウイチ 涼子から?
トオル 何だ?なんて書いてあるんだ?
サツキ 「タイムマシン」
コウイチ それだけか?
トオル タイムマシンに乗って、どこかに連れ去られようとしているって意味かな?
サツキ そんな漫画みたいな話・・・・・あ、また来た。
トオル 今度は?
サツキ 「光一」
コウイチ 僕・・・・・?
トオル 何だよ、こんな短い単語じゃ、何も分からないじゃないか!
サツキ きっと陰でこっそりやってるのよ。気づかれないように。
コウイチ なあ、もしかして・・・・・・
サツキ 心当たりでも?
コウイチ SFバカって笑われるかも知れないけど。
トオル いいや、笑わない。
コウイチ あれは・・・・僕じゃないか?
サツキ あれって・・・あの男の人?
(涼子が携帯電話でメールを送ろうとしているのを、女が発見する)
女 それを貸しなさい!
リョウコ イヤよ!
男 なんだ?
女 携帯電話!
リョウコ みんなこっちへ向かっているはず。三つ目のメッセージはもう送ったあとよ。
女 なんて、送ったの?
リョウコ あなたの名前を。
女 どうしてあなたが私の名前を知っているの?
リョウコ 小説バカと長い間友達やってれば、クライマックスの予想くらいつくようになるのよ。
男 どんな予想だ?
リョウコ 「不思議な木を手にするため、未来から時空を越えてやってきた二人。」
女 ・・・・・。
リョウコ 「その木を必死で守ろうとする四人の子供と、二人は対決しなければなりません。」
男 行動には動機が必要だ。君の推理は?
リョウコ 「時間旅行を可能にし、お金をもうけようと思いタイムマシンを作り始めましたが、途中で気がついてしまいました。奇跡を何度も起こすのは、
不可能だと言うことに。」
男 そこまでは悪くない。そして・・・・どうなる?
リョウコ 「この二人は、自分の正体を知られるのをひどく嫌いました。」
男 (笑って)「組織」のために?
リョウコ 「自分」のために。
サツキ また送られてきた。今度は・・・・
トオル どれだ?ええと・・・・「さつき」?
コウイチ あれは、僕たちなんだ。タイムマシンに乗って過去へやってきた、僕と上原なんだ!
トオル ・・・・笑いたくなってきた。
コウイチ 笑わないって言っただろ?
サツキ 確かにそれなら、あの木のことを知っていたり、私たちのことに詳しかったりするのはつじつまがおう。
トオル 涼子のことを友達だって言ったのも、分かる。
サツキ やっと学校から出た。あの木までもうちょっと!
コウイチ 物語なんだ。あり得ないはずの物語が起こってるんだ!
トオル お前、そういうの好きなんだろ?
コウイチ 小説ならね。
サツキ 現実に起こるのは、 嫌いなの?
コウイチ 嫌いじゃない。素敵なことだと思ってたんだ。自分の手で物語を作り上げることを。
トオル ならどうして走ってるんだ?俺達があの木にたどり着いて、涼子を助け出せば物語は終わるんだぞ!
コウイチ 終わらせるんだよ。
トオル え?
コウイチ 物語は、終わらなければ物語じゃないんだ。第一章を書き始めたら、最後まで書き上げるしかないんだ。
サツキ 「お化け屋敷」が見えてきた。どうする?
トオル 決まってるじゃないか。老けた光一と上原の顔をしっかり拝みに行ってやる。
コウイチ 信じてないんじゃなかったのか?
トオル お前のSF伝染病に感染したんだよ。
サツキ 庭への扉、開けるわよ。
コウイチ ああ。入ろう。
(光一、扉をノックする)
リョウコ みんなが来てる。
サツキ 涼子!そこにいる?
トオル (光一に)お前なぁ、普通ノックなんかするか?
コウイチ いや、何となく。
サツキ 早く涼子を助け出さないと。ほら早く・・・・
(女、ドアが開かないように押さえつける)
リョウコ あ、ちょっと、何するの!
サツキ あれ?(扉を押し)開かない。
女 開けないわ。私たちには宝物が必要なのよ!
トオル 開けろ!
コウイチ そのままでもいい。話を、聞きたいんです。・・・・・僕は、あなたの過去ですか?
トオル 光一、涼子を先に外に出さないと。
リョウコ あたしなら平気よ!この人達、あたしを傷つけたりできない。
男 (扉の向こうに)どうしてそう思った?
コウイチ SFバカの直感です。当たってますか?
リョウコ 光一、このひとあんたなのよ!タイムマシンを自分で作って、過去にやってきたの。
女 違うわ。
リョウコ どうして否定するの?
サツキ 私も聞きたいんです。扉の向こうにいるあなたは、私の未来ですか?
女 違う。
サツキ 本当に?
リョウコ 嘘よ。
女 あなたは私なんかじゃない。私みたいな人間じゃない!
サツキ でもあなたは私なんでしょう・・・・?
女 違う!私はあなたが一番嫌っている人間よ。
サツキ たとえあなたがどんな人でも、あなたは私なんでしょう!そして私は・・・あなたなんでしょう?
女 ・・・・・・・。
サツキ このコーヒー、覚えてるでしょう?このラベル、この傷!
女 知らないわ。
サツキ あなたは私よ。そして私はあなたなのよ!
女 ちがう!
男 さつき、そんな強情はったらバレバレだ。
コウイチ じゃあやっぱり、あなた達は僕と、上原・・・・・・?
女 どうして教えるのよ!
男 考えて見ろ。ここに昔の僕と、お前がいたとする。友達が真剣な口調で叫んでいることを疑ったりするか?
コウイチ 僕は疑わない。涼子の言うことを、絶対疑わない。
トオル 俺ももう疑わない。おかしいんだ。あり得ない物語が俺達の周りを回っている。
サツキ あり得ないの。あっちゃいけないから、物語を終わらせにきたの。
(男、扉を開け)
男 隠そうと思っていたんだ。この扉を閉じたまま、不思議なことを全部隠し遠そうと思っていた。
サツキ じゃあ、どうして開けようと思ったの?
トオル 俺達があんまりしつこいからだろ。
コウイチ 僕の未来がこの人なら、僕らの強情さは良く知ってるはずだもんな。
男 (女に)ほら。僕たちからは切り離された過去だけど、みんな変わってない。
コウイチ 切り離された?
男 僕たちが未来からここに来た時点で、過去は変わったんだ。
トオル 過去が変わったら、あんた達は存在しないことになるんじゃないのか?
女 ・・・・パラレルワールドになるのよ。
トオル パラレルワールド?
男 架空の世界だ。僕たちが未来の世界に戻ると、そこは「過去のない世界」になっている。
サツキ じゃあ、すべてが変わっているの?
男 そんなことはない。そこにあるもの、想い出、ぜんぶそのままだ。でも僕たちは、君たちから切り離されて、過去のない架空の世界の住人になってしまう。過去は変わってしまったんだから。
コウイチ 僕たちは・・・・・もしあなた達が来なかったらどういう風になっていたんですか?
男 僕たちがここに来たのは、サツキがコーヒーを見つけた日だ。そこから過去が変わり始めた。
リョウコ え・・・?だったら、どうしてその日のうちに木を奪わなかったの?
女 迷ってたのよ。どうすればいいのか。光一もすぐに木を奪おうとはしなかった。
コウイチ どうして?
男 僕も、迷ってたのかも知れないな。
サツキ あなたたちは、この木を燃やしたって言ってたわね。
女 すぐに燃やしたわ。これを大人達が見つけて、悪いことに使う前に消してしまおうって。
男 二人で「燃やそう」って決めたんだよな。
トオル ふたり?俺や涼子は?
男 昔の僕・・・・歴史が変わる前の光一は、君たちにこの木のことを言わなかったんだ。
リョウコ じゃあ光一があたし達にこの木のことを言った時点で過去は変わってたってこと?
女 あなた達が四人で自転車を埋めてるのを見て気がついたの。
コウイチ 何を。
女 私達の過去は、もう消えてしまったんだなあって。
サツキ 寂しい?
女 ええ・・・・・・悲しいわ。大切なものが全部消えてしまった。
コウイチ でも、覚えてるんだろ?
女 覚えてる。でも、私たちの過去は確かに消えたのよ!
サツキ じゃあ、なんのために来たの?過去を捨ててまで。
男 単純だ。金のためだよ。
コウイチ 金儲け?
トオル あんたたちがこの木を燃やしたのは、そう言う大人からこの木を守るためじゃなかったのか?
女 ええ、そうよ。その時には、あっちゃいけない物語を終わらせようと思ったの。
男 でも結局、満足できなかった。奇跡のない世界なんて、つまらなかったんだ。何かを作りたかった。時間移動が出来るように、何か不思議が生まれるように。そのための金だ。
リョウコ お金儲けのためにこの木を使うなんて・・・・本当にパラドックスね。
男 分かってるさ。いつの間にか汚れていく「大人」の姿を憎みながら、自分も汚れて行くんだ。
コウイチ どうして・・・・・どうしてわざわざ汚れに来たんだ・・・?自分の過去までぼろぼろにして!
男 なあ、光一。・・・・自分のことを光一って言うのも変な気分だが、タイムマシンに乗ってみたいと思ったことはないか?
コウイチ ・・・・・・。
男 僕はそれを実現しようとした。時間移動の研究のためにたくさん金を使った。夢のための金だったんだ。みんなが過去へ未来へ、時間旅行が楽しめるようになったら、そればかり考えていた。
リョウコ でも・・・・気がついてしまったんでしょう?
コウイチ 未来から過去に来たら、その未来は過去を失う。だとしたらもう二度と過去にはいけないじゃない か!
男 そう、「みんなで楽しめる」奇跡なんて無かったんだ。チャンスは一度だけ。でも僕はまだ叶えたい夢がある。そのためには金がいるんだ。
トオル だからこの木を奪いに来たのか?
女 そうよ。夢のために来たのよ。
サツキ 夢のために、夢を奪いに来たの・・・・・・?
男 不思議も、奇跡も夢もない世界なんて、つまらないだろう?
コウイチ ・・・・・タイムマシンなんて、いらないじゃないか。
トオル 何言ってるんだ。SFバカらしくない。
コウイチ 僕は今まで不思議な世界にあこがれてた。でも、そこから間違いが始まってるんだ。
リョウコ 間違い?
コウイチ あなたは・・・未来の僕は、ずっと奇跡を望んでいたんだろう?時間移動や、不思議な木を。
男 ああ。今の君だってそうだろう?
コウイチ 間違ってるんだ。
トオル お前・・・なんかおかしいぞ。お前は物語が好きで、あこがれてるんだろ?そう言う世界に。
コウイチ 物語なんだ。大きい奇跡は、物語の中だけで十分なんだ。「僕」は間違ってる。
男 どうして?
コウイチ 僕らは小さな時間移動を繰り替えしながら、時間の中を流れてく。
サツキ 光一君・・・・。
女 夢が欲しかったのよ。くだらない現実から一瞬でも逃れるチャンスが欲しかったのよ。
コウイチ 僕は未来の僕を掴もうとする。そして掴んだ!そう思った瞬間、僕は過去の僕に掴まれようとしている僕になるんだ。過去を振り返る、それでも僕は時間の流れに流されていく。振り返りながら、やっぱり未来を掴もうと、手を伸ばす。奇跡なんだ。僕の中を時間が流れてく。僕の体は周りの世界と一緒に小さな時間移動を繰り返す。奇跡なんだ。終わりのない、奇跡なんだ!
男 夢を捨てるのか?大きな奇跡を願うことをやめるのか?
コウイチ 「僕」は間違ってる。
男 物語を捨てたら、何が残る?
コウイチ 全部が残る。奇跡が、夢が、不思議が・・・・・終わらない物語が始まる!
女 終わらない物語は、辛すぎるわ。
サツキ だから逃げてきたの?
男 逃げたんじゃない。夢を掴んだんだ。
コウイチ 偽物だ。
男 違う!現に僕らはここへやってきた!
リョウコ 研究は成功したかも知れない。でも・・・・・偽物よ。
コウイチ 「僕」に聞きたい。僕が望んだことは夢を使って過去の夢を奪うことか?
男 ・・・・・・。
女 夢を奪いに来たんじゃないわ。
サツキ 奪いに来たのよ。あなたは私から、自分から宝物を奪いに来たのよ!
女 あの木があれば、いくらでも夢を作ることが出来るのよ。何個でも、何十個でも。
サツキ あの木は、必要ない。
女 そんなに奇跡を起こすのが嫌いなの?
サツキ 偽物はね。
女 どうして偽物なのよ。
トオル ・・・・証明してやろうか?
(トオル、カッターをタイヤに当てる。タイヤがしぼんでいく。)
リョウコ 自転車のタイヤが・・・・つぶれてく。
トオル 俺の自転車だけじゃない。そこにあるコピーの自転車も見て見ろよ。
リョウコ こっちも同じようにつぶれてる!
サツキ これで分かったでしょ?やっぱり本物は一個だけなの。偽物をいくら作っても、どうしようもないのよ!本物の夢がつぶれてしまったら、偽物だってつぶれるの。
女 じゃあ本物を隠しておけばいい。土の中に埋めたままにすれば、絶対につぶれないわ。
コウイチ 埋めなくちゃいけないのは、あり得ない物語だ。本物の夢は埋めちゃいけなかったんだ!
女 夢をあの木の下に埋めたら、夢がいくつもできるのよ?
サツキ あの木の下に埋めなくても、夢は出来る。
女 でも、この木が・・・・・
コウイチ (遮って)本物を埋めても、その本物に間違いがあったら?
男 間違い?
コウイチ そうだ。間違いが、欠陥が、傷があったら?
リョウコ 私達が見つけた缶にも傷があった。
トオル あんたたちのタイムマシンには欠陥があった。
女 間違いがなければいいじゃない!
コウイチ 間違いのないものなんて無いだろう!コーヒーには傷があった。タイムマシンには欠陥があった。そして・・・・・僕の夢には・・・・・・間違いがあった。
サツキ みんな傷だらけなのよ。それを埋めていくのが、私達の仕事なの。
男 もうこの木は必要ないんだな?
サツキ ええ。いらないわ。
女 私たちが持っていってしまうわよ。
コウイチ ・・・・物語を終わらせるんだ。
男 後悔するぞ。
リョウコ 後悔なんかしないわよ。ねえ。
トオル ああ、俺も後悔しない。
女 私たちもそう思ってた。でも、結局ここへ来たのよ?
男 今お前達が間違ってると思うことを、未来のお前達がやるんだ!
コウイチ もう僕とあなたは切り離されたんだろう?
女 でも私たちは、あなた達の未来だったわ。あのままいけば、こうなっていたのよ。
サツキ ・・・・・今度は、間違えない。
男 根拠は?
サツキ ないわ。
男 もう一度言う。後悔するぞ。
トオル 光一、どうするんだ?
コウイチ 決まってるじゃないか。
サツキ 本当にいいのね?
リョウコ 言っちゃいなさいよ。光一。
コウイチ 偽物が欲しいなら、持っていけばいい!僕らは大きな奇跡なんていらない、時間移動も、不思議な木も欲しくない。終わらせるんだ。・・・・物語を、終わらせるんだ!
(大きな音とともに舞台暗く。遠くから蝉の声が聞こえる。光一、涼子、さつき、トオルが立っている)
コウイチ 終わっちゃったんだなあ・・・・・。
リョウコ 残念?
コウイチ 少し。
リョウコ あれが昨日のことだなんて、なんだか夢みたいね。
トオル あの木、結局使われたのかなあ?
サツキ 未来に持って行かれて、お金儲けの道具に?
コウイチ 本物を土の下に埋めたまま、使われてるのかなあ?
リョウコ 持って帰ったけど、使ってないかも知れないわよ。
サツキ どうして?
リョウコ だって、さつきと光一が悪いことなんて出来ると思う?
トオル それは言えてるな。
コウイチ でも未来の僕は、僕からあの木を盗みに来た。
リョウコ 確かにそうね。でもあたし、思うのよ。もしかしたらあの二人はやり直したかったんじゃないかっ て。
サツキ やり直す?
リョウコ 自分が間違ってるのをどこかで気づいてて、過去の自分たちがそうならないように過去を変えに来たのかも知れない。
トオル 未来に帰った後で、「名演技だった!」とか言ってるかも知れないし。
リョウコ 実はシナリオとかもあったりするかもよ?ね、きっと、そうよ!
コウイチ そうだったらいいけど。
トオル きっと、そうだよ。・・・・・あ、そうだ。さっきから先生の呼び出し食らってるんだよ。俺達は。
サツキ 私たち呼び出されるようなことしたっけ?
リョウコ 「バザーで販売された自転車が一斉にパンクした事件について」よ。
コウイチ そうか!それのことかあ・・・・・
リョウコ どう謝ってくるべきだと思う?
コウイチ 「不良品を売ってしまってすみませんでした。僕たちも知らなかったんです。」
トオル 不良品だとは言っておいたんだよ。問題はどう謝るかなんだ。
コウイチ 「売った後に気づいたんです。だから自転車を返しに来て、1000円を受け取りに来てください。必ずお返しいたします。」
リョウコ 自転車はもう学校側で回収して、処分したんだって。じゃああたし達の仕事は、1000円札を二十一枚集めることか。
トオル まあ、頑張るしかないな。
リョウコ ちょっと行って来る。そう言う風に言えば、先生も納得してくれるよね。
(二人去る)
コウイチ なあ、上原。
サツキ なあに?
コウイチ いけないことだったのかなあ・・・・・・?
サツキ 不思議なことを好きになるのが?
コウイチ いけない、ことだったのかなぁ?
サツキ 分からない。
コウイチ 全部そこから始まってたんだろ?未来の僕が間違えたのは、そう言う風に思ってからだったんだ。
サツキ そうね。
コウイチ 不思議なことが好きなだけだったのに。どうして・・・・いけなかったんだろう?
サツキ でも光一君、言ってたじゃない。
コウイチ 何を?
サツキ 「僕は未来の僕を掴もうとする。そして掴んだ!そう思った瞬間、僕は過去の僕に掴まれようとしている僕になるんだ。」・・・・掴もうと思って前に手を伸ばすのは、そこに不思議なものが待っているからよ。きっと。
コウイチ 「過去を振り返る、それでも僕は時間の流れに流されていく。」
サツキ 「振り返りながら、やっぱり未来を掴もうと、手を伸ばす。」
コウイチ 「奇跡なんだ。僕の中を時間が流れてく。僕の体は周りの世界と一緒に小さな時間移動を繰り返す。」
サツキ 「奇跡なんだ」
コウイチ 「終わりのない、奇跡なんだ!」
サツキ 物語が終わったんじゃない。始まったの。わくわくするような物語が。
コウイチ 持ってる傷を、すこしずつ埋めていくのか。
サツキ 光一君の夢だって、ゆっくり、間違いを埋めていけばいいんだわ。終わらない時間の中で。
コウイチ うん・・・・・・・。
サツキ 物語の始まりよ?もっと喜んでもいいじゃない。
コウイチ 辛い物語かも知れない。
サツキ でもやめることの出来ない物語。(何かに気づき)あ、光一君。
コウイチ ん?
サツキ まだ物語は終わってない。エピローグが、残ってる。
コウイチ 木はなくなったのに?自転車も、未来の僕も消えたのに?
サツキ (ポケットからコーヒーを取り出し)これが残ってる。
コウイチ コーヒー・・・・・。
サツキ コピーじゃない、本物のコーヒー。これを飲み干せば、全部が終わる。
コウイチ 全部、か。
サツキ これが始まりだったのよ。これを飲み干して、全部を空っぽに戻すの。傷の付いた空っぽの缶を眺めながら、進むの。宝物のある方に。
コウイチ 物語が、本当に終わっちゃうのか。
サツキ 流れ始めるの。普通で、でも奇跡の繰り返しの時間が。
(全員、舞台に。)
男 流される。
女 流される。
コウイチ 進むんだ。
サツキ どっちへ?
コウイチ 宝物のある方へ。
トオル 右?
リョウコ 左?
女 前?
男 後ろ?
サツキ 分からない。
トオル 出発は?
リョウコ 今。
コウイチ 掴むんだ。
女 そして、
男 作るんだ。
サツキ 何を?
コウイチ 宝物。
女 ぼろぼろの自分を抱えながら、いつか未来に笑えるように。
トオル 簡単にはじけてしまう偽物の中で、ただ一つ本物を見つけるために。
リョウコ 楽しかったあの時が、一つの奇跡だったと思えるように。
男 まだ大きく残る傷を、いつの日か光に変えられるように。
サツキ 流れていく自分に、いつでも笑顔を見せるために。
コウイチ ただ、僕が僕であるために。
男 行かなければ。
女 宝物のある場所に。
リョウコ 流される。
トオル 流される。
(コウイチとサツキをのぞいて、客席に背を向ける。)
サツキ (コーヒーを手渡しながら)飲む?
コウイチ ああ。
(コウイチ、コーヒーを飲みほす。そしてのどにそっと手を当てる。)
コウイチ ・・・・・流れてく。
サツキ 何?
コウイチ あまくて、にがい。
サツキ コーヒー?
コウイチ ・・・・・時間。あまくて、にがい、時間。
(光一、缶コーヒーを地面におく。舞台は薄暗くなっていき、幕。)
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